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パラドクソクラシー(タイ映画)

パラドクソクラシー (Paradoxocracy)」は2013年のタイのドキュメンタリー映画です。1932年の立憲革命によって、絶対君主制から立憲君主制に変わって以降の、タイの民主主義の歴史をたどった作品です。検証映像は少なく、全編ほぼインタビューで構成されています。

これまでにWikipediaで、タイの歴史立憲革命(タイ)タイにおける政変一覧タイの歴史(1973年-) などは読んでいたので、映画の大筋は頭に入ってきたものの、インタビューを受けている人たちの素性が何も示されないので、それぞれの立場からの発言をどの程度鵜呑みにすれば良いのか、はかりかねました。

出演者はみんな政治や歴史の学者/研究者、学生革命の当事者/関係者なのかなと思いますが、おそらくタイ国民にとってはいちいち説明する必要もない、こういう背景と主義主張を持った人だとわかりきった人選なんでしょう。この点、外国人には不親切な構成です。

逆にこのことが、本作品は外国人に対してタイの民主主義の機能不全を暴露したものではなく、タイ国民自身に問いかけたものであることが読み取れます。劇場公開にあたって検閲により発言がミュートにされた箇所もごく一部ありますが、印象としてはけっこうみんな言いたい放題だなと。ここはタイの懐の深さでしょうか。

1932年の立憲革命後に制定された憲法には主権が国民にあることが明記され、王権は大幅に制限されました。これをもって、立憲革命はタイ民主主義のスタート地点と言うことができます。

一方、革命に成功した文武官僚は人民党を結成し、独裁的支配を始めました。後に人民党内部で権力闘争が起こり、武官が実権を握ると、政治の実質的な決定権を握っているのは軍という構図が決定づけられました。

立憲革命は民主主義の出発点であると同時に、その後のタイの独裁的政治体制の起源でもあるわけです。そこにパラドックスを抱えているのだと、インタビューの中である方が言っていました。ここから、Paradox+Democracy=Paradoxocracy という造語タイトルになったのだと思います。

本作は、歴史上の事件について正否を決めようというものではなく、タイにおける民主主義はどうあるべきかを探ったものだと思いました。ただし明確な答えは示されません。

たくさんあるインタビューの中で、欧米で発生した民主革命はあくまで西洋の価値観に基づくものであって、西洋の民主主義とタイの民主主義は異なるものであるはずだ、という趣旨の発言が印象に残りました。鍵は仏教だという発言もありましたが、映画の中では深堀りされていません。

さらに印象に残ったのは、お釣りの例え話です。「君が10バーツ持っていたとする、3バーツの品物を買ったら、お釣りはいくら?」インタビュアーは当然「7バーツ」と答えました。

「10バーツコインを1枚持っていたらね、でも5バーツコインを2枚持っていたらお釣りは2バーツだ、なぜなら1枚はそもそも使わないから、2バーツコインを5枚持っていたらお釣りは1バーツ、1バーツコイン10枚ならお釣りはなし、正解は4つあるんだ、しかし7バーツと答える人々はその他の答えを認めない、これがタイ社会に大きな隔たりを生んでいるんだ」

この例え話が正しいのかどうかはわかりませんが (というか自分の翻訳が合っているかも不安ですが)、おそらくこうした皮膚感覚は実感としてあるのでしょう。一見単純な問題にも価値観によって複数の正解があるのだとしたら、確かに人々をひとつのシステムでまとめることは難しいでしょう。

他にもタクシン政権の功罪や学生革命を語る部分は、淡々としながらも重みのあるものでした。個人的にはタイ映画で学生革命 (とその前後のタイ共産党武力闘争) をモチーフにしたり背景に取り込んでいる作品を何本か観ているので、そこはぐっと聞き入ってしまいました。

関連作品、また観よう
 ・暗くなるまでには
 ・ブンミおじさんの森
 ・マリラー:別れの花
 ・人肉ラーメン

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