A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

エチオピアの伝統・文化

エチオピア A to Z

A〜Zから始まる単語 (アムハラ語のアルファベット表記) を使って、エチオピアの代表的な事柄を説明します。インターナショナルスクールの小学校で配布された資料に書かれている文章を翻訳しました。

A: Addis Ababa
アジスアベバはエチオピアの首都です。エチオピアの公用語のひとつであるアムハラ語で「新しい花」を意味します。アジスアベバは喧噪に満ちており、訪れる者にとっては大変刺激的な場所です。市中心部には有名な「ユダのライオン」像があります。アジスアベバは8000フィートの高地に位置することもあり、そこでの生活はあなたを天国にいるような気持ちにさせてくれるでしょう。気候は年間を通じて温暖です。

B: Buna
ブンナ (ブナ) はコーヒーのことです。エチオピアはアラビカコーヒーノキ (世界のコーヒー豆生産の大部分を占める)、ロブスタコーヒーノキ (中央アフリカ高原産) 両方の生産で世界的に知られています。エチオピアの人々にとって、コーヒーは単なる飲み物ではなく、伝統的な「コーヒーセレモニー」を楽しむためのものでもあります。個人の家で、ブンナベット (コーヒーハウス) で、人々は友人たちと一緒にコーヒーセレモニーに参加します。コーヒーセレモニーはまず炭火で煎った豆から立ち上る煙の香りを嗅ぐことから始まります。人々は冗談を言い合い、談笑しながらこの儀式を楽しむのです。

C: Chegger Yellem
チッグル・イェッレムは、問題 (チッグル) は無い (イェッレム) ということです。ノープロブレムですね。「Don't make a mountain out of molehill.(くだらないことを大げさに騒ぎ立てるな)」という諺がありますが、チッグル・イェッレムもまさにこのような感覚で使われます。起きてしまった問題が、実はほんの些細なことであると相手に認識させ、この世はいたって平安であることを伝えるためのフレーズです。スワヒリ語では「ハクナ・マタタ」、オーストラリア人は「No worries」と言います。

D: Dabo
エチオピアには様々な種類の伝統的な平たい形のダボ (パン) があり、中にはスパイスを混ぜ込んだものもあります。毎日の食事で、結婚式で、旅先で、コーヒーセレモニーで、人々はダボを楽しんでいます。

E: Ehel
ウフルとは小麦など穀物一般をさす言葉です。エチオピアでは大麦、小麦、メイズ、ソルガム、そしてテフなど様々な穀物が栽培されています。テフはエチオピア独特の穀物で、世界最小の粒です。テフからはエチオピアの主食インジェラを作ります。

F: Fel Wuha
フルウハは天然の温泉のことです。エチオピアは国内各所に温泉があり、人々はリラックスや健康のためによく温泉を利用します。例えば、アジスアベバ・ヒルトンホテルのスイミングプールも、地下からくみ上げた天然の温水を使っています。他にはソドレ、ウォンド・ゲンネット、アワシュなどが有名な場所です。多くのエチオピア人は、温泉に病気を治したり痛みを和らげる効果があることを信じています。エチオピア人の子供は、温泉で友達と一緒に泳ぐのが大好きです。

G: Genzeb
ガンザブはお金のことです。エチオピアの紙幣はブル、コインはサンチームと呼ばれています。ズルズルは小銭のこと。マルカート (東アフリカ最大のマーケット) やタクシーでは本当にたくさんのズルズルが必要です。タクシースタンドでは少年がズルズルをジャラジャラさせているのを見ることができます。言うなれば「Mobile Banker」ですね。両替の手数料はごくわずかなものです。

H: Halenya
ハイレンニャは健康とか強靱といった意味です。少年たちは友達とレスリングのまねごとをしながら、常に自分の強さを確認します。マルカートで買い物をする時も、人はハイレンニャ (精神的タフさ) を駆使して値段交渉に励みます。マルカートでは、カラフルな香辛料、カーペット、自動車部品から最新のファッション、新作映画や音楽CDなど、およそあらゆるものが手に入ります。世界の他の地域と同じく、エチオピアでもショッピングは重要な社会生活の一部であり、その中で値段交渉は欠かせないプロセスです。値段はあってないようなもの。あなたのハイレンニャが試されます。

I: Injera
インジェラはエチオピアの主食です。テフをひいた粉から作る丸くて平たい、大きなパンケーキです。インジェラは辛いスパイスと肉や野菜からできたワット (シチューのような料理類) をつけて食べられます。ドロワットはチキンを使ったもの、シュロワットはレンティル (レンズ豆)、バグワットは羊肉です。

J: Jib
ジブはハイエナのことです。エチオピア東部、ハラールにはハイエナマンと呼ばれる有名な男性がいます。彼はハイエナを餌付けし、手でエサをあげているのです。また、肉を口にくわえてハイエナと引っ張り合うこともしており、多くの観光客が彼のもとを訪れます。ハラールには、他にも中世のような町並みやイスラム建築など見所がたくさんあります。

K: Kraar
クラールは6弦の竪琴です。伝統的なエチオピア音楽には欠かせない楽器で、アズマリベット (ダンスハウス) ではクラールの演奏に合わせてダンスを踊ります。ウスクスタはエチオピアの伝統的な踊りで、両肩を揺さぶるスタイルです。別名ショルダーダンス。

L: Listro
リストロは靴磨きの少年のことです。アジスアベバの町中でも、靴磨きセットの入った木箱を抱えた少年をあちこちで見かけます。木箱にはすべての道具が入っていると同時に、磨く時は客が足をのせる台にもなります。リストロはどんな場所でも商売をすることが可能です。

M: Mesob
メソブはインジェラ (=ご飯) の皿を置くバスケットのことです。手で編まれており、カラフルなパターンがとてもきれいです。編み込まれる代表的な色は赤、緑、黄色の3色で、これはエチオピア国旗の色でもあります。人々はメソブの周りで、マルチュムという3本足の伝統的なイスに腰掛け、インジェラを囲みみんなで1つの皿から食べます。

N: Netella
ナタッラは女性がかぶる大きめのスカーフです。生地はコットンで、カラフルな模様がついています。ナタッラは様々な場面でTPOに応じて着衣されるため「ナタッラはそれ自身で語る」と言われています。普段着としてのナタッラは肩にかけるように羽織ります。教会に行く時は髪をかくし、縁を下に垂らします。葬儀への参列には髪をかくし、縁をたくし上げます。

O: Okay
OKのことをアムハラ語でイシといいます (発音はイシとエシの中間くらい、イッシとはねる感じもあり)。頻繁に使われるフレーズで「イエス」「たぶん」「了解」「あなたの言いたい事はわかったけど私は私の好きなようにやるよ」というふうに様々な意図を表現することができます。イシというひと言は、ユーモア、知恵、理解、誤解など、様々な事をもたらします。

P: Pagume
パグメはエチオピア暦の第13月のことです。エチオピアでは公式なカレンダーとして、一般的なグレゴリオ暦ではなくユリウス暦を採用しています。エチオピア暦は30日ずつの12ヶ月と、5日間のパグメ (第13月/年によって6日) により成り立っています。そのためエチオピアは「Thirteen months of sunshine」と言われています。また、エチオピア暦は西暦 (グレゴリオ暦) よりも7年遅れています。そのため「エチオピアにおいで、7才若返るから!」というフレーズもあります。

Q: Qollo
コロは大麦を煎ったもので、ピーナッツやポップコーンとともに、スナックとして食べられます。子供たちが道ばたでコロを売っている姿もよく目にします。アズマリベット (ダンスハウス)、ブンナベット (コーヒーハウス) では客に対してこれらのスナックが振る舞われます。特にコーヒーセレモニーにはコロが欠かせません。

R: Roha
ロハはラリベラの古い名前です。エチオピア北部にあるラリベラは、岩をくりぬいた11の教会で知られており、エチオピア正教のクリスチャンにとって大変重要な場所です。ラリベラでもっとも有名な教会は、大きな岩の塊を十字架の形に掘ったサンジョージ (聖ギオルギス) 教会です。ラリベラで一番大きなホテルはロハホテルと言います。

S: Shimagele
シュマゲレは老人 (男性) のことです。エチオピア人は目上の人を敬い、もし若い人の間で諍いがあれば、シュマゲレが呼ばれ仲裁を行います。女性の老人はアロゲと言います。

T: Tenastellin
テナスタッリン (テナ・イスタッリン) はアムハラ語のシンプルな挨拶で、もとの意味は相手の健康を気遣う言葉ですが、それがそのまま「こんにちは」として使われています。アムハラ語では、相手や時間などのシチュエーションによって他にもいろいろな挨拶の仕方があります。年配の人に対しては特に丁寧に挨拶をします。若者の間ではもっとくだけた「ターディアス」「ウンデーノ」あるいは単に「Cafe!」という挨拶が使われています。エチオピア人同士の挨拶では、しばしば頬にキスをし合います。

U: 記載なし

V: 記載なし

W: Weyeyet
ウェイイトゥはミニバスあるいはピックアップトラックの乗り合いタクシーのことです。車体は青と白に塗られていて、一目でタクシーだとわかります。ウェイイトゥの直訳は「ディスカッション」です。車に乗り込んだ客は顔を向き合って座り、互いに会話をすることになるからです。アディスアベバのどんな場所でもウェイイトゥを拾うことができます。止める時は手を振ります。

X: 記載なし

Y: Yeidj Saat
ヤイッジ・サアトゥはアムハラ語で腕時計のことです。エチオピアでは、朝7時を1時として数え始めます。つまり朝9時は3時、午後2時は8時です。エチオピアでは朝、午後、夕方をあらわす特別な単語があります。

Z: Zamad
ザマドゥは親戚のことです。親類縁者 (とのつき合い) はエチオピアでは極めて重要な文化です。家族での行事、親睦会、冠婚葬祭は、子供、おじ、おば、いとこ、祖父母など誰が欠けても成立しません。伝統的に、子供と大人はしばしばガバタというゲームを楽しみます。

エチオピア暦

エチオピアは独自の暦を使い続ける国のひとつです。エチオピア暦は、一般的には「ユリウス暦」だと言われています。ユリウス暦は、その名の通りユリウス・カエサルが紀元前45年に制定した暦ですが、歴史的に各地に伝播していく過程で、その土地によって様々な改変が行われていきました。

ユリウス暦は東方正教会が祭礼のため利用していますが、教会によって紀年も異なれば年始も異なるようです。エチオピア暦では、キリスト生誕年の歴史解釈の違いから紀年が7年遅れとなり、また西暦の9月11日が年始にあたります。クリスマスは12月25日ではなく1月7日。なので、西暦2007年9月11日が、エチオピアではミレニアムにあたる2000年1月1日となります。

さら独特なのが、1年が13ヶ月だということ。30日×12ヶ月と、5日間 (年によって6日) の第13月 (パグメ) というものです。このため、エチオピアのキャッチフレーズはズバリ「13 Months of Sunshine」。

9.11アメリカ同時多発テロの日、普段はワールドトレードセンターでたくさん働いているはずのエチオピア人が誰もいなかったことから、当局は一時エチオピア人の犯行を疑ったと言います。実際には、みんな休みをとって家でお正月を祝っていたそうです。

エチオピアのお正月

どの国もそうですが、お正月はやはりそれなりの決まった過ごし方があります。エチオピアの場合、大晦日 (9月10日) の夜は、どの家でも決まって松明を焚きます。我が家の近所でもあちこちで松明を焚くものですから、この日はいつも煙っぽくてむせるほどでした。

2005年(エチ暦1998年)、2006年(エチ暦1999年)は、アジスアベバで一番の豪華ホテルであるシェラトンが、深夜12時に花火を打ち上げました。だいたいどの家も番犬を飼っているので、花火があがると驚いた犬がワンワンと吠えます。犬の鳴き声がまた別の犬の遠吠えをさそって、一晩中うるさくて仕方ありませんでした。

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明けて新年1月1日(西暦9月11日)、エチオピアでお正月料理といえば、もうなんといってもドロワットです。タマネギを何キロもきざんで香辛料と一緒にじっくり炒め、鶏肉と一緒に煮込んだドロワットは、辛さもおいしさもエチオピア料理一と言われています。これがお正月のご馳走。

この日、家族や友人、恋人などに、ドロワットを手で食べさせてあげること (グルシャ) は、とても大切な意味があるといいます。ちなみに、お正月は町も人出が少なく、アジスアベバは閑散としています。子供たちが家々を回り、歌を歌ってお小遣い稼ぎをするのもお正月ならでは。

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さて、町中はいたって普通の休日といった趣の中、ホテルやお土産物屋では、スタッフが普段の制服や洋服ではなく、白いエチオピアンドレスを着ておめかししているのが見られます。こういうのを見て初めて「お正月なんだなあ」と実感しました。

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マスカル祭

エチオピアでは9月11日のお正月に続いて、9月27日には「真実のクロス (マスカル) を発見した日」を祝う「マスカル祭」を行います。西暦326年、コンスタンチン大帝の母である聖ヘレナが、キリストが磔にされた十字架を発見したことを祝い、始められたことだそうで、この時代から実に1600年も続く、大変由緒正しい祭礼です。

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中世の時代、アレキサンドリアの大司教はエチオピア皇帝ダーウィットに、コプト教を擁護した礼として、真実のクロス半分を渡したとされています。そしてこれは、アジスアベバの北483kmに位置するウェロ地域の山中にある、ギッシェン・マリアム修道院のエグザビエル教会にあるそうです。この修道院には、ゼラ・ヤコブ(1434-1468)皇帝の時代に書かれた「テフト」と呼ばれる大量の文献が残されています。そこには、粉々になったクロスがどのように集められたかが語られているそうです。

マスカルは、十字架 (クロス) を意味すると同時に、この時期いっせいに咲く黄色い花の名前でもあります。6月から続いた暗くて寒い雨期が明け、9月はだんだんと暖かくなってくる季節です。畑にまいたテフの種も旺盛に若葉をのばし、アジスアベバはマスカルの黄色い花でおおわれます。

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日本でいえばまさに春爛漫。4月のイースターとともに、1年のうちでもっとも結婚式が多くなる時期です。マスカル祭では、アジスアベバのマスカルスクウェアに作られる巨大な松明を筆頭に、全国各地で松明が焚かれます。ふだんは根暗で深刻な顔つきのエチオピア人も、9月はみんなどこかうれしそうです。自分も9月は1年で一番好きな季節でした。

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エチオピアの家

各国で、各地域で、家はもっともその民族の知恵が注ぎ込まれた産物だと思います。数千年にわたる気候風土との戦いの元に築き上げられた、その土地に特化したインダストリアルデザインの完成形。これはもうよそ者がああだこうだ言うことではありません。例えば、日本の家が「木と紙でできていてすぐ燃える家」などと揶揄されようと、我々日本人は誇りを持って住んでいるわけです。もし、自分に建築の知識があれば、エチオピアの家を見てもう少し気の利いたコメントを思いつくかもしれませんが、とりあえず素人の視点で、いくつか典型的なエチオピアの家をレポートします。

構造
ひとつの典型的な家の造りが、大きな傘を建て、まわりを木の壁で囲っていくものです(写真:オロミア州トゥルボロ)。木材はすべてユーカリ。アムハラ人が持ち込んだユーカリの木は、今はエチオピア全国で薪に材木にと大活躍しています。骨組みを作り、壁を土で塗り固め、屋根を藁で葺いたら完成。傘のてっぺん、つまり大黒柱の先端にポットのようなものをかぶせる地域もあります。この辺は各部族の美意識の表れでしょう。とにかくとてもシンプル。でもけっこう頑丈そうです。家ができあがるまで3〜4週間といったところでしょうか。

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内部
アムハラ州アデットで見せてもらった家の写真です。家の外観でまず「?」と思ったのは、煙が屋根からもやもやっと出ていたことです。中に入ると料理の煮炊きの煙が充満していました。煮炊小屋を別に造っている家もたくさんありますが、コーヒーを入れたり乳香を焚いたりするので、結局家の中はいつも煙に包まれています。

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なんで煙突を造らないのかなと思っていましたが、後日「それは常に藁葺き屋根をいぶして虫がつかないようにしている先祖の知恵なのだ」ということを聞きました。納得。でも煙い。土を盛り上げて形作ったベッドなんかもあって、きっと中はがらんどうだろうという予想ははずれました。内部は意外にデザインが凝っていて、にぎやかな印象でした。それと、たいていの家には家畜スペースがあって、大切な家畜は主人たちと一緒に寝起きしているそうです。

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北部の家
エチオピア北部では、石造りの家がたくさん見られます。基本構造は変わらないと思いますが、木のかわりに石を積んで壁を造っているのが特徴です。石が簡単に手に入らない南部とはちがって、そこら中に石がごろごろしている北部では、この資源を使うのは当然というわけです。しかし、畑の開墾については、この石がそうとう農民を苦しめたのではないでしょうか。デブレブラハンで見た家は、大黒柱が1本ではなく2本あるようで、それによって家の形が丸から長円形になっていました。そのぶん構造が複雑になりますが、より広い空間が確保できます。

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南部の家
南部諸民族州は広大な面積を持ち、その名の通りいくつもの民族で構成される多民族地域です。家の形態も各民族によって異なることは容易に想像できますが、とりあえず、州都アワサからそれほど遠くないホサイナという町の近郊で見た家を紹介します。ご覧の通り、基本構造は変わりませんが、屋根だけでなく、家全体を藁葺きにしているところが、なんともおしゃれで雰囲気満点です。この地域は雨が多いので、土壁よりはこうして全体を藁葺きにした方が通気性が良く快適なのかもしれません。また、それまで他の地方で見た家とくらべたら、ひと回りサイズが大きいのが印象的でした。収穫物を家の中で貯蔵するとか、小型家畜 (羊、鶏) ではなく大型家畜 (牛) を家に住まわせるとか、家が大きい理由はちゃんとあるのだと思います。

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東部の家
エチオピア東部の乾燥地域では、近年は政府による遊牧民の定住化政策が進み、家を建て、定住生活を選択する人が増えています。ただ、もともと定住という生活様式には向かなかった土地ですから、建築材料も乏しく、あまり立派な家はありません。ディレダワ近郊で見た家も、土造りの小さなもので、一見すると「貧困地帯?」などと考えがちです。しかし、日中40度以上にもなる厳しい太陽の日差しを防ぐには、厚い土の壁で囲うのがもっとも経済的かつ効果的です。雨がほとんど降らないので、家の内部はカラッと乾燥していてとても快適です。もともと、家の中のように空気がよどんだ場所にはできるだけいたくないという人達ですから、寝るためだけの家としてなら、これで必要十分ということなのでしょう。

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家を建てる時期
エチオピアの人達は、どういうタイミングで家を建てるのでしょうか。大きな区切りとしては、日本と同じく結婚があげられます。新婚さんはやはり新居に、ということで、結婚するときは式の費用だけでなく、家を新築する費用も必要になります。イスラム教徒は4人まで妻をめとることができる、ということは日本でもよく知られていますが、東部の乾燥地域はイスラム教徒が多く、やはり複数の女性と結婚している男性がたくさんいます。マタハラで会ったカラユ族の男性は、2人目の妻をめとったことから、隣に家を新築しました。もとの家には1人目の奥さんとお母さん、新しい家には2人目の奥さんを住まわせ、自分は毎日交互に両方の家で暮らしているそうです。なんとも不思議な社会ですね。

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ソッケの木と3本足の椅子

エチオピア南部、アルバミンチのゾーン事務所を訪ねたとき、担当者の机に「ソッケ(Sokke)の木を守るワークショップ」というパンフレットが置いてありました。目を通してみると、「非常に軽い木であるソッケは地元の漁民が古来から小舟を作るために使ってきたが、近年その数が激減している」ということが書かれていました。

ソッケはアルバミンチのアバヤ湖とチャモ湖、そしてズワイのズワイ湖にしか生えていない貴重な木です。アルバミンチでは主に舟に加工されたり、地域住民の薪として利用されています。またズワイでは、よく道ばたでソッケの木から作った軽いイスを売っています。アルバミンチ近郊は全域で森林面積が減少しているそうで、1990年には地域の森林面積は23%あったのに、数年前の調査では7.3%になってしまったそうです。

アジスアベバに帰る途中、ズワイを越えてしばらく走っていたら、いつものように道ばたでソッケのイスを売っていました。以前から、このイスはエチオピア土産としてはかなり良いものだと思っていたので、買うチャンスをうかがっていたのですが、この時思わず5個も買ってしまいました。

5個で30ブル。1個80円。貴重な木のわりに安い…。もっとお金を出した方が良いのかな。いや、そうするとますます伐採が加速されるか。うーん、難しい。写真のイスで、重さは700グラム程度。手で持つと本当に軽いです。3本足だとガタガタしないのもいい。

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