インジェラ
テフという小さな小さな実をひいて粉にし、水でといて発酵させてから薄いクレープ状に焼く、エチオピアの主食。インジェラの上に料理をのせ、手でちぎりながら食べます。ボソボソしていて少し酸味があり、見た目も灰色がかっていることから、外国人には多少とっつきにくいかもしれません (中には雑巾などと言う人も)。
しかしテフにもいろいろあって、同じレストランに通っていても、ごくたまに白っぽくて酸味がほとんどないものが出たりします。そんな時は個人的にはもう大当たりで、モチモチとした食感がうれしくてほっぺたが落ちるほどです。
エチオピアではパン (ダッボ) も普通に食べられていますが、エチオピア料理には、やはりインジェラの方が合うと思います。というか、インジェラを食べるために料理の形が決まってきたのかもしれません。ひたしたりくるんで食べられるものということで。
インジェラが焼けたらかまどの横にばさばさと重ねていくわけですが、家庭ではたいてい何日分かまとめて焼くため、しっとり湿ったインジェラには3日もすると当然カビが生えてきます。しかし日本人がお餅のカビをあまり気にしないように、田舎の方ではエチオピア人もけっこう平気でそんなインジェラを食べています。
一度、ブタジラという地方の町でレストランの調理場をのぞかせてもらったとき、温熱器の上に重ねられたインジェラからパァーっと小さいゴキブリが20匹ほど散っていくのを見ました。暖かいからゴキブリにも居心地は良いんでしょう。エチオピアのゴキブリは日本のとはちがって色も薄茶でどこか弱々しいためあまり気にはなりません (個人の感想です)。
毎年6月に雨期が始まると、カラカラに乾燥していた畑にも湿り気がもどり、農家は牛を使って地面を耕し始めます。8月頃、畑にテフの種を蒔きますが、手でばさばさと蒔いていくのがなんともおおざっぱです。あとは十分な雨さえ降れば、テフはすくすくと育っていきます。
9月下旬に雨期は終わりますが、あとは12月頃まであまり手入れもせず、実が熟すのを待つばかり。刈り取ったあとしばらく野積みで乾燥させ、牛やロバを使って脱穀します。この脱穀方法は12月のエチオピアの風物詩ともいえなんとも心が和む風景ですが、やはりきわめて原始的かつ非効率。牛が一所懸命働いているすぐそばでロバがムシャムシャ藁を食べていたりします。
脱穀したあと地面から拾われ袋詰めされたテフには1割くらいの土が混じっていると言われ、「インジェラの味は土の味」という笑えない話も。黄金色に揺れるテフ畑にはしみじみとエチオピアの豊かさを感じますが、よく考えたら弥生時代くらいの農耕を未だに続けているというエチオピア人の筋金入りの頑固さの象徴かもしれません。
ドロワット
きざんだタマネギをじっくりと炒めてから香辛料と一緒にことこと煮込み、鶏肉を加えたもの。必ずゆで卵が入っています。ドロは鶏肉、ワットはいわばシチューの意味。ガイドブックには一番の高級料理などと書かれていますが、値段というよりも、ここ一番の料理といった意味合いでしょう。鯛の尾頭つきみたいなものかな。インジェラに乗せる時もド真ん中が定位置。
カイ (辛い) とアリチャ (辛くない) がありますが、普通は辛いものが出てきます。とても美味しいのですが、辛さもエチオピア料理一と言われています。ちなみに、エチオピア人は鶏肉の皮を食べないようで、ドロワットの鶏肉にも皮はついていませんし、そもそもスーパーでは皮をはがした鶏肉が売られています。
鳥インフルエンザの風評のせいで、鶏肉が入っていない (ゆで卵だけの) ものをドロワットとして出され、それを食べたときはなんとも複雑な気持ちになりました。親子丼の鶏肉抜き、牛丼の牛肉抜きというレベルです。鳥インフルエンザが人間に感染する可能性よりはるかに高い確率であらゆる病気が蔓延しているエチオピアなのに、変なところを気にするなと思いました。
カイワット
ちゃんと言うと「ズルズルワットのカイ」のようですが、カイワットといえば一般的には牛肉の辛いシチューを指します。インジェラとの相性は抜群で、個人的には1年間、月・火・木と職場の食堂でランチにカイワットを食べ続けました (水・金はツォム=肉断ちの日で肉料理がなかった)。
最初は直径60cmのインジェラ (大人1人の標準) を半分くらいしか食べられませんでしたが、そのうち1枚ぺろりと食べられるようになりました。食べ残すと周りのエチオピア人がすごく気にするので、がんばって食べ続けた結果です。
カイワットは地方も含めどこで頼んでもハズレがない、とても美味しい料理です。基本はかなり辛いですが、辛くない「アリチャ」と合わせてインジェラに盛る「ミスト」という注文方法もありますから、辛いのが苦手な方でも楽しめる料理です。
シュロワット
エチオピアのクリスチャン (オーソドックス) は、2月から4月にかけて2ヶ月ほど断食 (ツォム=肉断ち) をします。それ以外にも、毎週、水・金の2日間はツォムの日で、肉、卵、乳製品は食べません (魚は良い)。
レストランでもツォムの時は肉を出さないところが多いのですが、そのためエチオピアにはいろいろなツォム料理があります。代表的なものがシュロワットで、これは豆のワットです。どんな田舎に行ってもシュロワットを置いていない食堂はありません。というか、シュロワットしかないところもありますが。
ある年の4月にエチオピア人と一緒に地方出張に行った時のこと、ツォム期間中だったので当然レストランにはシュロワットしかなく、しかしとても美味しかったので、一緒に行ったエチオピア人が「あまりに美味しいからもしかしてバター (ケベ) を使っているかも」などと不安そうに食べていたのがおかしかったです。「やばいかも、でも手が止まらない」という状態で。
トゥブス
カット肉を炒めたもの。専門店では、他に何も入れずにとにかく牛肉だけ、表面をカリッと焼いて出します。高級レストランではトマト、タマネギ、青唐辛子と一緒に炒めるスタイルが多いようです。
干し牛肉を炒めたものもありますが、これは相当脂っこいので、おかずと言うよりおつまみ感覚だと思います。山羊肉を使ったものがヤバグトゥブスで、日本人の口に良く合うようです。メニューにスペシャルトゥブスとあったらだいたいヤバグトゥブスで、特別なコンロに乗せられて出てきます。
普通のトゥブス (牛肉) は、あまり肉食に慣れていない日本人にとっては少々つらいものがあります。ナザレットという大きな町にある有名なトゥブス専門店で食べましたが、味がほとんどついていないうえ脂っこく、焼きすぎで肉が固かったのであまりたくさんは食べられませんでしたが、一緒に行ったエチオピア人がものすごい勢いで大量に食べていたのには驚きました。
生肉
エチオピア料理といえば生肉をはずすことはできません。まさにそのまま肉のかたまりを食べるものと、ひき肉に香辛料とバター (ケベ) を混ぜたものがあります。
生肉はナイフでひと口大に切りながら、唐辛子ミックス (ミツミッタ) やマスタード (サナフィチュ) をつけて食べます。エチオピア人は生肉が大好きで、確かに良い肉にあたれば、トロのようなこってりした味わいがあります。しかし、お腹をこわす確率もかなり高いので、要注意です。
ひき肉の方はクトゥフォといい、完全に生 (トゥレ)、わずかに火を通したもの (レブレブ)、完全に火を通したものがあります。肉は火を通しすぎない方が美味しいに決まっていますから、クトゥフォを食べるならトゥレと言いたいところですが、まずはレブレブがおすすめです。自分はそれまで日本でもユッケなど生肉を食べたことがなく、エチオピアで生肉のおいしさを知りました。日本に帰ってきて初めてユッケを食べた時は、思わず「クトゥフォの方がうまい」とつぶやいてしまったほど。
ブタジラという町はクトゥフォで有名なだけあって、やはり美味しいと思いました。「あのレストランは調理場にゴキブリが何百匹もいるんだろうな」という恐怖感もあったりしますが、それでも一生のうちもう一度あそこにクトゥフォを食べに行きたいと思ったりもします。
ちなみに、日本人も生魚 (寿司、刺し身) や生肉を食べるんだと言うと、エチオピア人は「ああ、南部州にも生魚を食べる人たちがいるよ」と親近感をもって話してくれます。エチオピア人と日本人て意外と共通点が多い?
その他のエチオピア料理
他にもクックル (山羊肉のスープ) やトリッパ (内臓の唐辛子煮込み)、ドゥレット (内臓を香辛料で和えたもの) などたくさん料理はありますが、本当にどれも美味しいです。インジェラを除けば、エチオピア料理は外国人の口に合うと思いますし、世界的に見てもかなり美味しい部類だと感じます。
ただ、メニューがあまりたくさんありません。例えばトゥブスに鶏肉を使うとか、あっても良さそうなものがありませんし、その地方独特の郷土料理というものにもお目にかかったことがありません (あくまでもレストランでの話ですが)。
さらに、どの地方に行っても料理の味がほとんど変わりません。レシピが保たれていてどこで食べても美味しい、と言えるかもしれませんが、逆に、どこに行っても目新しいものは食べられない、とも言えます。これは少し贅沢な悩みですね。
それから、見た目はもうひとつでしょうか。なんだかどれも茶色っぽくてぐちゃぐちゃしていて。デザートがないのも残念な点。これだけ美味しい料理を創出した人たちなのに、しめの甘いものがないのはちょっと寂しいです。
後にも先にも一度きりですが、ラムシャンクを食べたことがあります。南部州のどのレストランだったかな。すごく美味しかったです。しかしやっぱりインジェラなんですね、何を食べるにしても。
ドロファンタ
長い間探し求めて、ようやく食べることができた「ドロファンタ」。ミザンタファリで初めて食べたそれは、しかしドロ (鶏) と名がつくわりには、ヒツジの骨付き肉が1本どーんと入っているものでした。一緒にいたエチオピア人に「ドロなのになんで?」と聞きましたが、なぜかその時は答えてはくれませんでした。
それから3週間ほどして、今度はアワサのレストランでメニューにドロファンタを見つけました。ある時はあるものですね。すかさずそれを頼むと、しばらくして出てきたものは、なんだかどう見ても鶏のような・・・。
一口食べて「やっぱり鶏肉だなあ」とうつろに考えていると、ミザンで一緒だったエチオピア人が「ファンタ」は「~の代わり」という意味だと教えてくれました。だから、ドロファンタは「鶏肉の代わりにヒツジや他の肉」ということなのでした。
いや、そうすると、この目の前にあるドロファンタは鶏なんだからおかしいんじゃないだろうか。店員が単に間違えたのかなとも思いましたが (注文間違いはしょっちゅう)、とりあえず美味しかったので不問にしました。
コチョ
エチオピア人の主食としては、「テフ」から作られるクレープのようなパン「インジェラ」がもっともポピュラーですが、もうひとつ「コチョ」という食べ物を紹介します。コチョは、エンセーテ (ニセバナナ) の澱粉を利用して作られます。
■エンセーテ
和名をニセバナナというだけあって、外見はバナナとかなり似ています。しかし、単純に見分ける方法としては、「葉っぱにまとまりがあるのがエンセーテ、ないのがバナナ」と聞きました。なるほど、これまで見てきた限りでは、その法則は当てはまります。
エチオピア国内では主に南部と南西部地域が栽培地です。アジスアベバから南部州アワサを通ってケニヤ国境に向かう幹線道路を走っていると、アワサまではテフと小麦の畑が広がっていますが、アワサを越えると急に景色が変わり、一気にエンセーテだらけになります。コーヒー畑とエンセーテ、個人的にはこれが南部州アワサ以南のイメージです。
エンセーテは根茎を持つ多年草です (ちなみにバナナは1株が1年で1房実をつけると枯れていきます)。エンセーテ栽培地域では、息子がある程度大きくなると、親は土地を分配しエンセーテを植えてあげるそうです。エンセーテが成長し、食物として利用できるようになるころ、息子もそろそろ結婚適齢期、というサイクルがあると聞きました。
南部地域ではどの家も周囲をぐるりとエンセーテに囲まれています。テフとはちがって、エンセーテは1年中いつでも利用できます。いつでも食べ物があるという安心感は、何物にもかえ難いものです。ご飯が確保できるようになってから結婚するというのも、見事な民族の知恵ですね。
■コチョ
エンセーテの根茎を蒸して食べる調理方法もありますが、コチョに関してはエンセーテの葉の茎の澱粉を使うそうです。葉の茎をしごいて澱粉を採取したあと、それを発酵させてタネを作ります。発酵させることによって、チーズのような風味が生まれます。実際に食べる時は、エンセーテの葉っぱに薄く延ばしてはさみ蒸し上げます。この時、葉っぱの香りがコチョにうつるため、さわやかな風味になります。蒸したばかりの物はプルプルしていて、食感はちょっと堅めのウイロウといったところです。
↓青空市場で売られているコチョのタネ
■味
インジェラとともに、コチョはエチオピアの二大主食でありながら、その味については、外国人からの評価はあまり高くありません。それは何故かと推察すれば、お米やパンともっとも異なる点として、噛んでも噛んでも味が変わらないという点につきるのではないでしょうか。お米もパンも、噛めば噛むほど口の中に甘みが広がります。しかしインジェラとコチョは、いつまでたっても酸味のまま。コチョの味自体けっして悪いわけではありませんが、これが「なんとなく味気ない」と感じる最大の理由でしょう。
コチョは主に南部地域の主食ですが、大きなレストランではどの地域であってもたいていインジェラと一緒に出てきます。個人的には「味気なさ、チーズ臭、酸味」のトリプルパンチのため、けっして好きとは断言できないものがあります。ただし、火で軽く焼くと香ばしさが出て俄然おいしくなることも事実で、レストランで出てきたら必ず焼いてもらうようにしています。
* * *
南部州ディラに行った時のことですが、その時昼食で食べたコチョは、それまでのイメージを覆すとてもおいしいものでした。ほとんどのレストランでは、コチョは葉っぱからはがされて出てきます (そして冷えて固くなっている)。しかしディラでは、エンセーテの葉に挟まれたまま、蒸したての状態で出てきたのです。
まだ暖かいコチョを葉っぱからはがした時に立ちのぼってきた新鮮な緑の香りは、十分に食欲をそそるものでした。少し薄め (5〜6mm) で中心までよく火が通っており、手に持つとプルプルとふるえます。食感も上々、チーズ臭と酸味もほとんどありません。蒸したてのコチョはこんなにおいしいのかと驚きました。
その日はディラからアワサにもどり、夕食では再びコチョを食べました。南部州ではクトゥフォ (牛挽肉にバターと香辛料をまぜたもの) とコチョの組み合わせが名物です。クトゥフォ・レブレブ (若干火は通してあるもののほとんど生のクトゥフォ) を注文すると、一緒にインジェラとコチョが出てきました。
しかし他の大部分の店と同じく、コチョは葉っぱからはがされ、冷めた状態です。しかも少し厚め (7〜8mm) なので、中まできちんと蒸されていないのか、中心部は白っぽくぼそぼそしています。結局、そのコチョは一口食べただけで残してしまいした。アワサでは一番おいしいと評判のレストランだっただけに、残念でした。やはりコチョは作りたてが一番です。各家庭では毎回食べる分だけ作るでしょうから、みんな毎日さぞおいしいコチョを食べているんだろうなと羨ましくなります。
アルバミンチの魚料理
エチオピア南部州の町、アルバミンチはなんといっても魚が有名です。その中でも、SOMAレストランという有名なお店は、欧米の旅行者やエチオピア人でいつもにぎわっています。ここの名物料理は、湖でとれた新鮮な魚を丸ごと揚げたフライです。2003年に来たときも食べましたが、確かその時は45ブル(600円)くらいだったと記憶しています。美味しいんですけど、見た目がなんとも・・・。
当時も「エチオピアにしては高いなぁ」と思ったものですが、2006年は、同じ料理がなんと100ブル(1300円)に値上がりしていました。店主に事情を聞くと、昨今はアルバミンチの魚はある業者が独占的に買い占めてアジスアベバなど大都市に運んでいるので、地元民でもその業者から高く買わなくてはならないのだそうです。理不尽ですね。
しかし、確かにSOMAの魚料理はおいしかったです。フライは味付けなしとかなり単調な味だったので正直すぐに飽きてしまいましたが、もう1品、トマトやニンニクと一緒に炒めた料理(Fish Lebleb)は、ちょっと上品な地中海料理といった趣の、大いに食欲をそそるものでした。
エチオピア人はこれをインジェラと一緒に食べていましたが、さっぱりした薄味なので、インジェラの酸味に負けてしまいます。自分は焼きたてパンと一緒に食べたらかなり美味しくて、目をつむると一瞬、脳裏にエーゲ海が浮かんで消えていきました (テラピアなんですけどね)。
コーヒーセレモニー
コーヒーセレモニーはエチオピアの伝統的な習慣で、日本の茶道のように、コーヒーを飲むことを儀式化したもてなしの作法のひとつです。手順は大体次のようなものです。
(1) 青草を敷き、セットを設置する。
(2) 乳香などのお香を焚く。
(3) コーヒーの生豆を鉄鍋で煎る。
(4) 煎り上がった豆の香りを客にかがせる。
(5) 豆をつぶして粉にする。
(6) 水とコーヒー粉をポットに入れ火にかける。
(7) おつまみにポップコーンなどを食べる。
(8) 1煎目、2煎目、3煎目まで飲む。
一般家庭に呼ばれた時だけでなく、エチオピアレストラン、ホテル、ブンナベット (コーヒーハウス) などに行けば、どこでもコーヒーセレモニーを楽しむことができます。また、コーヒーをいれるのは女性と決まっています。2煎目、3煎目のコーヒーには、砂糖ではなく塩やバターを入れることもあります。塩コーヒー、バターコーヒーも、意外に美味しいです。
アムハラ州に出張に行ったときのこと、いつものようにトラブルが発生し、動かなくなった車を路上に残し、10分ほど歩いてたどり着いた小さな村で電話を借り、救援が来るまでブンナベットで休むことにしました。
見慣れぬ外国人の姿に、コーヒーをいれていた女性も普段より緊張気味の様子で、一緒に行った現地人スタッフに「どこの国の人?日本人?初めて見た!」などとしゃべりかけていたそうです。
しばらくして運ばれてきたコーヒーは、カップの縁いっぱい。慎重に口に運び、ちびりと一口すすりました。すると、なんとも言えない不思議な味が。思わず首をかしげていると、スタッフの1人が女性に向かって「ちゃんといれたの?」と聞いてくれました。
その女性曰く、これは3煎目のコーヒーで塩を入れてあったのだけれど、外国人だからサービスで砂糖も足してみた、とのことでした。それでなんだかよくわからない味になっていたんですね。
ここはついでにと、「ケベ (バター) も入れて」と頼みました。実はその時までバター入りのコーヒーは飲んだことがありませんでした。外国人からの思わぬ「ツウ」な申し出に、まわりのエチオピア人も「あんたわかっているね!」と一気にテンションが上がりました。
そして黄色いドロッとしたバターをカップに入れてもらい、少しかき混ぜつつ一口飲んでみると、なんだかそれはコーヒーというよりも、ほとんどスープのような味になっていたのでした。そりゃそうです。塩、砂糖、バターが入っているんですから。
でも、なんだか妙に美味しかったです。これはこれでアリかなと思いました。
コーヒー自家焙煎
エチオピア南部の農園地帯、イルガチェフェは、小さな町ですがコーヒーで有名です。ここを出張で訪れたとき、有名だとは聞いていたものの、1級品はどうせ輸出用にまわされているだろうと思って、あえて自分からコーヒーを買いたいとは言い出しませんでした。
しかし、同行した南部州出身のスタッフが「是非買ってみてくれ」と熱弁してきたので、道ばたの雑貨屋で1kg(19ブル/250円)買うことにしました。袋に入れられた緑色の生豆を見ると、粒の大きさがまちまちで、全体的に小粒です。「こんなもんなのかな」と思っていたら、粒は小さい方が良いのだと言われました。ふむ、どうなんでしょう。
アジスアベバに戻った後、早速自宅で豆を煎ってみました。手元にあった「暮らしの手帖」にちょうどコーヒーの特集があって、記事によると5分くらい直火で煎れば中深煎りになると書いてあります。
中華鍋を炭火の上に置き、豆を入れてシャモジでかき回し始めました。しかし、5分たっても10分たってもあまり豆の色が変化しません。後でよくよく考えてみると、日本に輸出されたコーヒー豆はすでに十分乾燥していて、あっという間に煎ることができるのではないか、しかしこの豆は産地直送の超フレッシュ豆なので、水分がかなり多く、煎るのに時間がかかったのではないかと思い当たりました。結局1時間ほど煎っていましたが、こういう作業は嫌いではないので、十分楽しめました。
自分で煎ったコーヒー豆を見ると、なんだかほれぼれしてしまいます。素人がやることなので、すべての豆が均一な焦げ茶色になっているわけではありませんが、色の良いやつを拾い上げミルで挽いてみると、コーヒーの良い香りが一気に部屋中に広がりました。町で売っているコーヒー豆はかなり深煎りでどれもヘビーです。こうして浅めに煎ったコーヒーは、軽やかでまた格別の味わいでした。
アンボ
エチオピアで炭酸水といえば「アンボ」です。エビアンと同じように地名がそのまま商品名で、アンボという土地でわき出す泉の水を瓶詰めしたものです。一口飲むと、炭酸が強いため口の中で気泡が暴れる感じで、ちょっとワイルドな口当たりです。
エチオピア滞在中、一体何本のアンボを飲んだか。きっと軽く500本は飲んでいると思います。一時期気になったのは、わりと続けざまに「鉄の味がする」アンボに当たったことです。たぶん王冠がさびていたんだと思いますが、もしかしたらアンボの瓶詰め工場のラインに何か異常が起きていたのかも。
もうひとつ気になるのは、アンボのラベルです。ラベルが上下していたりはがれたものはごく普通に目にしますが、極端に曲がっているものがあったり、ひどいときは表裏逆に貼られたラベルもありました。
数万本単位の生産体制でしょうから、ラベルは当然機械で貼り付けていると思っていましたが、もしかして人の手で貼っているのでしょうか。ラベルを貼る機械よりも人件費の方が安い、というのはエチオピアなら十分考えられますし。
ちなみに、赴任したての頃、洗濯機はどこで買えますかと前任者に聞いたら、「使用人を雇った方が安くつくよ」と言われ驚愕したことがあります。(※実際はそんなことはありません)
ケベ(エチオピアンバター)
エチオピア料理は独特の香りを持っています。それはケベ (バター) とバルバレ (赤唐辛子) によるもので、とても食欲をそそる香りです。トゥブス (カット肉の炒め物) くらいなら自分でできるだろうと、必要なハーブを買ってきて家で料理をしてみるのですが、やはりどこか物足りない。スーパーで売られている普通のバターでは、あのコクがどうしてもでないのです。エチオピア料理には、やはり風味豊かなケベが欠かせません。
ケベは料理だけでなく、コーヒーにも入れられるし、保湿のため髪や体に塗ったりもします。エチオピア人は、実は乾燥肌の人が多いらしく、特に女性はケベを使ったボディケアに余念がないそうです。そのため、路線バスに乗ると当然のようにケベの匂いが充満していて、疲れているときはちょっとげんなりしてしまいます。バスの窓を開けたいところですが、空気が流れ込むところには悪魔が居着くという迷信があるので、実際誰も開けようとしません。
ある年のイースターに、ドバイに買い出しに行ったときのこと。飛行機の座席は3列シートの真ん中、両側は若い女性でたぶん知人同士でした。飛行機が飛び立ち、しばらくして機内食が配られると、両脇の2人組はそれを断り、足下のカバンからタッパーを取り出し、中に入っていたインジェラをくるくると巻いたサンドイッチをふたつに割り、分け合って食べ始めました。
「機内食を断ってインジェラかあ」と感心していると、そのうち、1人が別のタッパーを取り出し、半透明のベトベトしたものを手に取り腕や足に塗り始めました。「これが噂のケベ塗り!」となんだかうれしくなってしまいましたが、やはり独特の匂いがするんですよね。エチオピア国内ならまだしも、外国でそれをやるのはどうかなと思わないでもありませんでした。
■軒先でバター作り
肉&地酒
「ハネムーンパーク」はエチオピアの首都アジスアベバの郊外にあるトゥブス専門店。市内からかなり離れていますが、週末はあっという間に席がうまるほどの人気店です。トゥブスは生肉をそのまま食べるスタイルと、一口大にカットした肉をカリカリに炒めたものがあります。
ホテルなど洒落たレストランでトゥブスを頼むと、トマトや唐辛子パウダーと一緒に炒められていることが多く、個人的にはそちらの方が食べやすいとも思いますが、専門店による「肉一点張り」の調理法もなかなか捨てがたい味を持っています。いずれにしろ、トゥブスは肉の新鮮さが命ですから、特に生を食べたい場合、絶対に回転が良い店に行くべきです
また、肉はお客に見える場所に丸のままつるされていて、自分の好きな部位を指定できるのも専門店ならでは。他にメニューがないから注文で迷うこともありません。「今日は肉を食うぞー!」という時はこのお店が最適でした。
この店はハチミツから作ったオレンジ色の地酒「タッジ」も評判でした。フラスコのようなビンに移して飲むのが決まりです。自分はアルコールがまったくダメなのでペロッとなめた程度ですが、アルコール分低め、味甘めの感じで、弱い人でもいけそうなお酒でした。
チマキ
チマキはエチオピアのフルーツジュース。オレンジ、グアバ、アボカド、パパイヤなどが層になっていて、見た目にもカラフルで味も濃厚。フレッシュなものにあたれば最高に美味しいです。
マキアート
アジスアベバで一番美味しいコーヒーが飲めるカフェといったら、なんといっても「トモカコーヒー (Tomoca Coffee)」でした。ここで飲むストレートなエチオピアコーヒーは、自分のコーヒー観を変えてしまいました。これが本当のコーヒーなんだと、そう確信するほどの美味しさでした。
一方、アジスアベバでも地方でも、町で日常的に飲むコーヒーといえば、これはもうほとんどマキアートでした。濃いコーヒーと甘いミルクが絶妙の組み合わせで、どこで飲んでもまずいということがない飲み物でした。小さめのガラスコップに入れるのがお決まりで、量が少ないためいつも「もう少し飲みたい」と思わされました。
エチオピアを去ってから、いろんな国でマキアートを飲みましたが、エチオピアくらい美味しいマキアートには未だ出会っていません。思い出補正があるとしても、やっぱりエチオピアの方が美味しかったよなと、いつも不思議な気持ちになります。何か秘密があったんでしょうか。