A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

宗教とか平和とか幸福とか

開発途上国で暮し、日々の実感の中で考えたこと、感じたこと。ここ10年くらいのメモ。考えはいつも行ったり来たり。

宗教の功罪

1984年から85年にかけてエチオピアを襲った大飢饉は、100万人の餓死者を出したと言われています。この未曾有宇の大災害に、もちろん世界はだまっていませんでした。当時は東西冷戦の時代であり、旧ソ連の庇護下にあったエチオピアでしたが、西側諸国も人道的見地に立って、積極的に食料援助を行いました。

世界中から届けられる援助物資。しかしこれらはうまく分配されませんでした。あるところには食料が山積みになっているのに、相変わらず餓死者がいなくなることはありませんでした。多民族国家のエチオピアですから、何らかの政治的判断があったのかもしれませんが、やはり輸送の問題も大きかったと思います。

当時、エチオピア北部の町でボランティア活動をしていた方から聞いた話です。その町は州都で人口規模も大きく、外国からの援助物資がたくさん運ばれていました。町の倉庫に食料が山と積まれている中で、次々と住民が餓死していきました。日々運ばれる遺体によって、共同墓地はあっという間にいっぱいになりました。

町の倉庫に食料があることはみんな知っているのに、暴動を起こすでもなく、ただ静かに命の灯が消えるのを待っている姿を見て、その方も本当にいたたまれなかったそうです。なぜエチオピア人があんなに静かに死んでいったのか、未だに答は出ないと言っていました。

これこそが宗教のなせる業なのかもしれません。もがきあがいて他人を呪い、親兄弟を捨ててまで自らが生き残ることに、いったいどれほどの意味があるのでしょう。それならいっそ潔く、きれいな心のままに死んでいくことも選択肢としてあり得ると思います。そうすることによって、天国での平安が約束されるのであればなおさらです。そしてそれは、信仰という一念によってのみ成就するわけです。

死を身近に感じ、どんなタイミングであっても甘んじて受け入れるエチオピア人。端から見ていて、もっと死に抗ってほしい、生にどん欲であってほしいといつも思っていました。死の恐怖すら超越しているのだとしたら、もうご飯を食べる必要も病気を治す必要もありません。いくら外国人が援助を進めても、開発の理由そのものがなくなってしまいます。

おいしいものをお腹いっぱい食べたいという欲求は、それほど罰当たりなことではないと思うのですが・・・。

まだ宗教は必要かもしれない

この世から宗教がなくなれば、多少なりとも無益な争いが減るのかなと思う一方、もしエチオピア人から宗教を奪ってしまったら、きっと世界に絶望して生きる意味を失ってしまう人がたくさん出るんじゃないかと心配になります。

お金もない、食べ物もない、服はボロボロ。学校にも行けない、なんとか学校を出ても仕事がない。劣悪な衛生環境、異常に高い乳児死亡率、抑えようのない感染症。女の子は10代前半で結婚し、矢継ぎ早に子供を産んであっという間に年老いていく。

テレビもない、ラジオもない、車もほとんど走っていない。外界の情報から隔絶された狭いコミュニティーの中で、掟にしたがって生きる毎日。何も変えてはいけない人生。新しい希望が見いだせない中で、自らの尊厳は信仰を体現するのみ。

宗教が物乞いを職業として成立させてしまったことは気に入りませんが、不信心な金持ちよりも信心深い貧乏人の方が偉いと感じさせてくれる点は、一体どれだけの人々に生きる希望を与えたのかと感心してしまいます。

ここで言う貧乏とは、最近逮捕された音楽家の食事が 「ハンバーガーとピザばかりの極貧生活」 などというふざけたレベルではありません。自分自身、「毎日ピザ?、ご馳走じゃん!」 と思いしましたから。

まあそれはさておき、少なくともエチオピアに行くまでは、自分の中で宗教とは 「困った時の神頼み」 というくらいのスタンスがベストだと思っていました。宗教があまりにも絶対的な存在である限り、パレスチナ問題の解決も永遠にないと思っていました。

しかしエチオピアの生活で、宗教が人の心を救っているのを目の当たりにしました。エチオピアに宗教がなかったら一体どうなっていたことでしょう。それほど、宗教が本来の使命を果たしていたのでした。

物心両面で世界中の人々が豊かになれば、その時こそ宗教はなくなるのかもしれません。

宗教と科学

車いすの宇宙物理学者、スティーブン・ホーキング博士が、宗教と科学の違いについて米ABCニュースのインタビューに答えています。

"There is a fundamental difference between religion, which is based on authority, [and] science, which is based on observation and reason. Science will win because it works."

(権力を基本とする宗教と、観察と理由を基本とする科学の間には、根本的な相違がある。科学は勝つ、だってつじつまが合うから)

本当なら博士に拍手喝采したいところですが、じつは今日、はじめてトンガのお葬式に行ってきました。

科学は人の命を救うことができます。おそらく宗教よりもはるかに高い確率で。だから、人が生きている間は科学を信じるべきだと思います。

けれども、科学は人の悲しみを癒すことはできません。人の死亡を証明することはできても。

お葬式の最中、教会の天窓にはめこまれたステンドグラスを見ながら、空の上にはきっと天国があってほしいと、心の底から思いました。

このときばかりは宗教が "It works." だったのです。

神に関するいくつかの言葉

ニーチェ
「どっちなんだ?。人間が神の失敗作なのか、それとも神が人間の失敗作なのか」
「信仰とは真実を知りたくないという意味である」
「信念は嘘よりも危険な真実の敵である」

アインシュタイン
「私が自然界に見るものは、不完全な理解しか得られない素晴らしい構造をしており、思慮ある人を謙遜させるのである。これはまさに宗教的な感情であって、神秘主義とは何の関係も無い」
「神の存在とは私が真面目に受けとれない人類学の概念のようである。人間界の外に意思やゴールがあることが全く想像できない。…科学は道徳を犯すと責任をなすりつけられてきた。しかしそれは不当である。人間の倫理は、人情や教育、社会のニーズや結びつきを基本とすべきで、宗教を基本とする必要はない。もし人が死後の見返りの期待や罰の恐怖によって束縛されるなら不幸と言えるであろう」
「人々がただ罰を恐れ報酬を望むというだけで善良なら、我々は実に哀れむべき存在だ」

ガンディー
「歴史に記録されている世の中で最も極悪で残酷な罪は、宗教という名の下に行われている」
「キリストは好きだが、キリスト教信者は好きではない。キリスト教信者はキリストのようではない」

ホーキング
「ブラックホールが示唆することは、神はさいころを振るだけでなく、全く見えないところに投げるということである」
「秩序を神の御名によってたとえるとしたら、それは非人格的な神であろう。物理学には人格的なところはほとんどない」

クリシュナムルティ
「伝統というものは我々の精神安定剤となる。そして精神が安定すると退廃の道をたどる」
「自分の信仰することを繰り返し主張することは不安の表れである」

フロイト
「宗教は幻想である。そしてそれは本能的な欲望と調和してしまう力を秘め持っている」

マルクス
「宗教は抑圧された生き物のため息であり、心なき世界の心であり、また、それが魂なき状態の心情であると等しく、…つまり、それは民衆の阿片である」

ブレーズ・パスカル
「宗教のために行われる罪でなければ、人間はあれほど完全に楽しそうに悪事を行わない」

スティーヴン・ワインバーグ
「宗教があろうとなかろうと、善い人は善い行いを、悪い人は悪い行いをする。しかし宗教によって善い人も悪い行いをする」

ロバート・グリーン・インガーソル
「我々の知らないことは神である。知っていることは科学である」

アイザック・アシモフ
「きちんと読めば、聖書には無神論のための思いつく限りの最も強い根拠がある」

アーサー・C・クラーク
「人類の一番の悲劇は、道徳が宗教にハイジャックされたことだ」

エピクロス
「もし神が悪を妨げる意思はあっても力が無いなら全能ではない。力はあるが意思が無いなら邪神である。力も意思もあるなら悪はどこから来るのだろう。力も意思もないなら、なぜ神と呼べるのだろう」

作者不詳
「人に魚を一匹与えれば一日の食事になるだろう。人に釣り方を教えれば一生の食事になるだろう。人に宗教を与えれば一匹の魚を願いながら死ぬであろう」

9/11以降の世界

あの凄惨なテロ事件から10年。何か世界は変わったんでしょうか。テロ、戦争、占領、抑圧、暴力、搾取、差別、貧困、民族紛争、宗教戦争。残念ながら今もすぐそこにあります。

あの映像をテレビで観ながら、誰もが思ったはずです。人が人を殺してはいけない。愛する人の死は悲しい。そして殺された人にも愛する人がいるのだと。

人の死に直面して、湧き上がる激情の果てに残るのは、やはり悲しみなのではないでしょうか。人の気持ちを利用して、戦争なんかさせちゃあいけません。

これまで、死を恐れないために宗教があったのだとしたら、これからは悲しみを克服するための宗教であってほしいと切に願います。

平和について

世界が平和になるためには、戦争をなくせばいい。

戦争をなくすためには、みんなが平等になればいい。

みんなが平等になるためには、不平等をなくせばいい。

不平等をなくすためには、搾取をやめればいい。

労働にみあった対価がきちんと支払われる世界。

人種・性別に関係なく機会が均等に与えられる世界。

その先は自分次第。がんばる人、なまける人。

でも、なまける人は結局いつも不平不満を言う。

そこは最低限、良識の問題かな。人間なんだから。

良識を保つためには何が必要? うーん、神様?

いやいや、それはない。それだけはなしにしたい。

神様に救われた人はたくさんいるかもしれないけれど、

人は神様のためなら命を投げ出したりしてしまうから。

理不尽な死はない方がいい。みんなが天寿を全うする世界。

人を恨むことなく死んでいきたい。これは簡単かも。

自分の死によって誰かを恨まないでほしい。

これだな、問題は。悲しみは我慢できないから。

でも、楽しかったことだけおぼえていてくれればいい。

悲しかったことはどんどん忘れて。

反省は伝える。でも、悲しみは教育しない。

そうすればいつか、きっといつの日か。

平和への道

どうすれば世界が平和になるか。

そんなことは世の中の偉い人たちが千年も二千年も考え続けて未だに答えが出ていないわけで、これから先もそうすぐには実現できそうにありません。でも、できるかできないかは別として、方法はあるんじゃないでしょうか。

簡単なのは、無関心を装うこと。他人に関心がなくなれば、境遇を比較することも自分を卑下することもなくなります。やはり争いの根源は格差でしょうから。

そして世の中からあらゆる競争をなくす。競争意識を無意味とする。完璧な個人主義を貫く。和を乱す云々の前に、和を作らない、群れない、決して手を差し伸べない。

つまり平和とは、あらゆる和を否定したその先にあるんです。

・・・うーん、なんか違うな。

歴史

歴史とは残された記録。

記録を残せるのは勝者。

勝者の語る言葉が正義。

正義は勝者のもの。

敗者は歴史から消える。

つまり、勝てば良い・・・のか?

無題1

1000年も2000年も前の宗教を盲信し、狂信し、曲解し、真理を捻じ曲げ、憎悪と暴力と殺人と破壊を肯定する人間てなんなの? バカなの?

伝統文化や先人の知恵、他の誰かを尊重・尊敬するのはいいことです。けれども、崇拝はいただけません。自分を見失ってしまいます。スナフキンの次の言葉が胸に響きます。

「あんまり誰かを崇拝するということは、自分の自由を失うことなんだ」

無題2

宗教は嫌いです。でもエチオピアを経験して、生きる理由を教えてくれる宗教は必要だと思いました。死ぬ理由を説く宗教は、やっぱりダメだな。

自分は親パレスチナ派です。でもそれは彼らに生きてほしいと願っているのであって、戦いで殉教してほしいと思っているのではありません。ましてや戦闘資金を出したいなどと考えるわけもなく。

いまはアラブ世界もパレスチナにかまってなどいられない状況のようです。これを機に何らかの決着がつけば、今後また何十年にもわたって死者を出し続けるような事態は避けられるのかもしれません。(決着=どちらかの死ではありません)

シンドラーのリストを観て思う

この映画、あるシネマガイドブックにはこう書かれています。

『第二次世界大戦中の実話をもとに、スピルバーグが、商業的採算をあえて無視して取り組んだ入魂の反戦ヒューマンドラマ』

自分は本作の公開時期にたまたまロンドンに行く機会があって、ピカデリーサーカスの映画館で観ることができました。サウジアラビアなど中東諸国では当然のごとく上映禁止だったのでよかったです。

映画開始早々から、画面に釘付けになりました。ナチスドイツの所業に戦慄をおぼえ、当時ユダヤ人が置かれた境遇に涙がこぼれました。最後にシンドラーが言った、「今からあなた達は自由だ、そして私は追われる立場になる」というセリフには胸を打たれました。

見終わった後は体感2時間くらいと思っていたので、実際には3時間の超大作だったと知り、それだけ時間を忘れて見入っていたことに驚きました。地下鉄の最終に乗れるか心配になり、小走りで映画館を出たことをおぼえています。

世界各国 (欧米諸国) で絶賛を受けているのも納得の作品でした。しかし最後の最後に、ちょっとだけ違和感を感じました。画面がカラーに変わり、役者たちが墓地に集まって来るシーンで、実は劇中の役者が、映画に出ていたユダヤ人 (役柄) たちの子供だったことがわかります。

おそらくスピルバーグは、ナチスドイツによるユダヤ人迫害が真実の話であり、この映画が実話に基づいたドラマであることを強調したかったのかもしれません。あるいは、「ほとんどドキュメンタリーだぞ」と言いたかったのかも。

感動に酔いしれていた自分は、ここでふと現実に引き戻されました。ナチスの魔の手を逃れ、生き抜いたユダヤ人。次に彼らが行ったことは、パレスチナ人の迫害です。イスラエル建国はユダヤ人の悲願でしたが、それによって国を追われたパレスチナ人は160万人。

突然ユダヤ人によって故郷を追われ、身ひとつで命からがら逃げ込んだ先の国では現地のアラブ人から疎まれ、そして数十年たった今でも、解決の糸口すら見いだせないパレスチナ問題。親アラブ (親パレスチナ) の自分には、憤りしかありません。

この映画をドキュメンタリーとして観ると、ナチスによるユダヤ人迫害は、ユダヤ人をして「他者を殺してでも生き抜く」ことを肝に銘じさせたことがわかります。もう少し穏やかな言い方をすれば、自分たちの約束の地に、不在中 (ディアスポラ)、勝手に住みついたアラブ人を追い出しただけ、ということ。

この映画、中東に住んでいる身としては、反戦ドラマとはとても思えません。昔これだけひどいことをされたんだから、自国を必死で守るのも仕方ないと、イスラエルの戦争を肯定しているような気がします。そして自分も、イスラエルにはその権利がある、と図らずも思ってしまいました。

たぶん問題は、アラブがまったく一枚岩ではないことなんですよね。パレスチナ人が政治的に解決したいと思っても、変なところから戦闘資金が入ってきて煽られて、ちょこちょこテロ攻撃をしかける輩が出る。当然、イスラエルは反撃するわけです。

もともとパレスチナ人は、イスラエルとの共存という現実路線も十分ありと考えていたのに、パレスチナ対イスラエルという社会問題が、いつの間にかイスラム対ユダヤという宗教戦争になってしまったのは、悲劇としか言いようがありません。そして、そうさせたのはいったい誰なのか。

イスラエルは殺戮者ではありません。生存権・自己防衛という当然の権利を行使しているだけです (旧約聖書に基づいて「約束の地」とか言うからややこしくなりますが・・・)。今もっとも必要なのは、他者 (欧米、産油国、テロ組織) は一切、手も口も金もださず、本当の意味でのパレスチナ対イスラエルの二者交渉を行うことでしょう。

先人が経験した悲劇を後世に伝えることは大事。でもそれは反省を伝えるのであって、悲しみ・怒り・復讐を後世に託してはいけない。映画「シンドラーのリスト」はそれをもっと明確に言うべきでした。もちろん、言っていたとは思うのだけれど、人によって様々な受け取り方ができるよなと。名作ですけどね。

国家の行方

「国家 (State)」とは、一般には一定の地域社会の上に成立する統治機構 (権力組織) をさしますが、その下にある社会そのものをさす場合もあります。古くはギリシャの都市国家、古代ローマや中国にみる帝国、遊牧民の部族国家、中世ヨーロッパや江戸時代幕藩体制のような封建国家など、いろいろな形態があります。しかし、今日我々が「国」として認識しているのは、16~17世紀の近代西ヨーロッパ社会が生みだした、政治共同体としての国家の形でしょう。

近代国家は領域・主権・国民 (民族) から構成されます。特に国民は言語、文化、宗教など多くの共通性が保たれているべきものですが、近代国家ではそれを政治的に包括してしまったため、多くの地域でその後民族を基本的単位とした国民国家 (Nation State) へと再編成される動きがありました。そして21世紀を迎えてなお、独立を求める地域紛争は絶えません。

2002年はヨーロッパで通貨統合が実現しました。国境を越えた移動が自由になったヨーロッパでは、今後、国家という枠組みが少しずつ曖昧になっていくのかもしれません。「自分はフランス人ではなくノルマンディー人である」などと、より個人のアイデンティティーに根ざした意識を持つようになるのではないでしょうか。一定の経済水準が保証されるという条件は必要でしょうが、世界の各地域で、このような意識変革はますます加速していくものと思われます。

自分にとって居心地がよい、あるいは仲間意識を感ずる共同体に所属することは、きわめて自然なことです。そういった場合、宗教はとても重要な要素になり得ると思います。イスラエルには欧米から無数のユダヤ人が「帰郷」したわけですが、宗教という一点においても、イスラエルは世界中のどの国よりも強固な連帯意識をもつと言っても過言ではありません。国の存続そのものが国民の悲願だからです。アラブが勝てないわけだと思います。

サウジアラビアも、20世紀初頭までは部族連合の集合体にすぎませんでした。アブドゥルアズィーズ初代国王が国家を統一していく過程で、初期イスラムにたち帰ろうというワッハーブ運動は、国家形成の大きな原動力になったと思います。アラビア半島の遊牧民を、部族間の利害を越えてまとめていくのは至難の業だったでしょう。しかし、イスラム勃興の地であるというプライドは、すべての部族に共通していたのではないでしょうか。そうしてどの部族もアブドゥルアズィーズの思想に共感し、連合を組んでいったのだと思います。もちろん、中には多くの争いもあったでしょうが。

オランダ人の友人から、お隣のベルギーの話しを聞きました。ベルギーは、19世紀にオランダから独立した国で、オランダ語の一種であるフラマン語を話す北部のフランデレン地域と、フランス語を話す南部のワロン地域とにほぼ二分されます。そしてこの住民同士がとても仲が悪い。あまりに対立が続いたため、1993年には連邦制に移行しました。言語というのは思考回路に多大な影響を与えるそうですから、同じベルギー人といっても南北で性格がずいぶん違うんでしょうね。

宗教と言語、これは国家建設にかかる国民形成においては非常に重要なポイントです。ヨーロッパもアフリカも、地域は問いません。旧ユーゴスラビアは、一体今はいくつの国に分かれてしまったんでしょう。スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニア、コソボ?。うーん、よくわからない・・・。

エチオピアは、アジスアベバ特別州 (中央政府) を入れて11州による連邦国家です。エチオピアの第一の公用語はアムハラ語ですが、これはもともとエチオピア地方を支配していたアムハラ族の言葉です。1991年から政権をとったのは北部のティグレ州出身者で、彼らにはティグレ語がありますが、すでに国内の共通語としてアムハラ語が浸透しているので、今後もアムハラ語の優位は揺らがないでしょう。

しかし実際に一番人口が多いのはオロモ族です。オロミア州はアジスアベバを取り囲んでおり、州政府の役所もアジスアベバにありましたが (今は新しい首都に移転しています)、役所に入ると書類がすべてオロミア語でした。オロモ族は長年農奴としてアムハラ族に支配されていた暗い歴史があるので、自分たちの国語復権に強い意欲を示しています。このことが、この先エチオピア内政の不安定要因になる可能性も否定できません。

エチオピア南部諸民族州はもっと複雑です。60以上の部族があり、それぞれに異なった言語があるのだそうです。アムハラ語やティグレ語はともにセム語系ですが、南部州の諸言語はハム語。文法体系も単語も大きく異なります。南部州には女性の下唇に大きな円盤をはめることで有名なムルシ族もいます。地理的にも離れたティグレ族とムルシ族の間に、果たしてどれほど同じ国民という共通認識があるのでしょうか。少なくとも、言語的なコミュニケーションは極めて困難だと思います。

また、国家が国民を守る義務を負うのに対して、国民は税金支払いや徴兵など、相応の負担を強いられます。しかし南部州の少数民族には貨幣経済とは無縁な生活をしている人々も多いので、彼らからの見返りはほとんど期待できません。にもかかわらず、南部州政府あるいは中央政府は彼らを「エチオピア国民」として、他と同様に教育機会の提供、医療サービス、飲料水の確保、道路建設、インフラ整備などを行っています。これは賞賛に値することだと思います。もっとも、国家予算のうち外国からの援助資金が占める割合も多いのですが。

エチオピアはキリスト教徒 (エチオピア正教、カトリック、プロテスタント) とイスラム教徒でほぼ半々を占め、あとはユダヤ教徒、アニミズム信仰者などがいます。宗教は一枚岩ではなく、言語構成も複雑な背景をもっています。よくこれで国家として成り立っているなぁと感心しますが、幸か不幸か天然資源がほぼ皆無という現実の前では、独立をしても特になんの旨味もないというのが本当のところでしょうか。さっさと独立したエリトリアも、経済的にはひどく苦労しているようですし。

アフリカは、資源がなければ最貧国、資源が見つかれば内戦というお決まりのパターンがあります。1885年のベルリン会議、別名「アフリカ分割会議」によって、部族構成を無視した勝手な国境線を引かれてしまったため、ひとつの国の中に異なる (時に敵対する) 部族が複数存在するという事態になってしまったことが諸悪の根源でしょうか。そのため、植民地政策が終了し独立を果たした途端、多くの国で内乱が起こったのです。資源があればあるほどその争いは苛烈なものになりました。

アフリカでは、ひとつの内戦が終わると、またどこかで内戦が始まります。それは多分に資源目的の欧米アジア諸国 (最近は特に中国) の思惑が入り交じっているのではないでしょうか。いっそのこと、国境線を一度白紙に戻して、10年か20年かけてアフリカ人に国境を決めさせてみてはどうでしょう。ものすごい戦争になる可能性もありますが、先進国が (利権がらみで) 軍事援助をしない、というルールが守られれば、案外早く事態は収束するんじゃないでしょうか。アフリカのこれからの500年、1000年を考えたら、今こそ思い切って断行すべきではないか思います。(←無茶)

社会と個人

幸福な社会であれば、きっと個々人も幸福なのかなと思うのですが、個々人が幸福であっても、その社会が必ずしも幸福そうには見えないということを実感したのは、アフリカ随一の大都市カイロで暮らした3年間のこと。

もう十年以上も前の話ですが、当時、とにかくカイロは汚かった。大量のごみが市中に散乱し、土埃と排気ガスにまみれ、絶え間ない交通渋滞と騒音、昼も夜も人々のヒステリックな怒声がとびかう、最低の町でした。

けれどもカイロっ子を一言で表せば、とにかく明るくて情に厚い人たち。家に招待されれば食べきれないほどのご馳走が出され、家庭には冗談と笑いがあふれ、リビングもトイレもピカピカ。

家の前が生ゴミであふれ (ごみ収集システムの機能不全)、食器皿を近くのドブ川で洗う (水道の未整備)、そんな環境であっても、個々人はあくまで紳士淑女であり、家の中は清潔そのもの。みんな幸せそうでした。

個人レベルではいい人ばかりなのに、社会全体としてはなぜあんなにも悲惨だったのか、正直今でもわかりませんが、カイロの生活はとにかく貴重な経験でした。

幸福な社会なんて幻想なんでしょうか。いや、そもそも必要なのか。個々人が幸せであればそれでいいのかもしれない。自分はいったい社会に対して何を求めているんだろう。しかも自分が生まれ育った日本ではなく、遠い異国の町のことをあれこれ考えている。

向こうにとっては大きなお世話なんだろうな。でもまあ、いろいろ考えずにはおれない今日この頃なんです。

幸福について

トンガと日本をくらべてみれば、衣食住経済娯楽、すべてにおいて日本の圧勝。これは間違いありません。

でもどちらの国民がより幸せかといえば、なんだかトンガ人の方が幸せそうに見えたりもします。

それはきっと、幸せの形がはっきりしているから。満たすべき条件もシンプルかつ低めの設定なので、たいていのトンガ人はあてはまります。

トンガ人にとって大切なのは、教会、家族、食べ物。逆に仕事、お金、時間に対する欲求はそれほど強くないと思われます。

教会に奉仕して、家族と一緒にお腹いっぱい食べられるなら、それでもうみんな笑顔、十分幸せだということなんでしょう。

それにくらべて日本は選択肢が豊富すぎます。しかも情報過多。人口密度も高いし、横並びを尊ぶ社会でもあります。

「あの人にくらべて自分は幸せなの?」「自分にはもっと違う道があるのでは?」なんて誰しもがつい考えてしまいますよね。

基本的には選択肢がある社会の方が人間にとっては望ましいと考えていますが、それによって自分探しの迷路に陥ったり「幸せ迷子」になってしまっては本末転倒です。

幸せになる方法は簡単です。今の自分で十分に幸せなんだと自覚すればいいんです。上昇志向や競争意識、将来への貯蓄は必要ですが、Greed になってはいけません。

と、頭ではわかっていても、煩悩はなかなか消えないんですけどね。

迷いの国

サウジアラビアで毎年恒例の巡礼が行われました。昨日、新聞記事を目にするまで、完全に忘れていました。わずか数年前まで、長らく自分の日常だった中東とイスラム。

今ではすっかりパシフィックのゆるい空気になじみ、二度と彼の地には住めないなと思う今日この頃。インターネットで目にする向こうのニュースといえば、戦争、テロ、圧政、差別。

サウジアラビアに住んでいた頃、ようやく女性の運転免許取得が実現の芽を出していたのに、あれから5年たった今も、状況は何ひとつ変わっていません。また国会で審議が見送られたそうです。

「預言者の時代は車なんてなかったからね」
「いや、当時は女性だってラクダに乗っていたよ」
「バカな50%(男)が運転してこの混乱ぶりだ、残り50%のバカ (女) が来たら地獄だよ」
「もうすぐコンピュータで自動運転の時代がくるから問題ない」
「アッラーは偉大なり、アッラーの他に神はなし」

ネットニュースにはこんなコメントが並んでいました。サウジアラビアは、別に女性が運転しなくても生活できる国です。ただ、どうしても必要な女性は必ずいるはずです。
結局、選択肢があるかないかがポイントです。それをするかどうかは本人の問題だとしても、端から可能性を否定されてしまうのでは、それを差別と言われても仕方ありません。

とはいっても、逆に選択肢がありすぎるのはどうでしょう。すべてが自由の国、アメリカ。そこには豊かな市民生活とアメリカンドリームがある一方、貧困格差や無差別殺人、性犯罪から虐待まで、あらゆるハッピーとアンハッピーが混在しています。

話が大きくなりそうなので、ふりかえって我が国ニッポン。日本ほど選択肢にあふれた国はそうないのではないでしょうか。学業も仕事も自分次第。親の職業など関係なく、研究者になろうが伝統工芸士になろうが、IT企業を起こそうが宇宙飛行士を目指そうが自由。

さらには、ご飯をいつ誰とどこで何を食べようがまったくの自由です。え?当たり前? いいえ、サウジアラビアでは未婚の男女が一緒にご飯を食べられるレストランはありません。男性だけのお客はシングルルーム、女性客や家族客はファミリールーム。

豚肉はない、お酒もない、礼拝の時間はドアが閉められ出入り禁止。ラマダン中、昼間レストランは軒並みクローズ。うっかり公衆の面前で飲食すればたちまち通報されます。

生活のあらゆる局面で、日本には無限の選択肢があります。だから逆に迷うことも多い。人にあげるプレゼントだって本当に迷ってしまいます。センスが悪いって言われたくないし。

なんというか、迷うことは、迷えるチャンスがあるということは、きっとそれだけで幸せなことなんだと思います。それにしたって、日本はいろいろ迷わせすぎ、惑わせすぎじゃないでしょうか。

3つの中から選ぶならば、わりと短時間に、しかも自信をもって選ぶことができるでしょう。しかし30の中、いや、300の中から選べと言われたら、もう何がなんだかわからなくなってしまいます。

いったい何がベストなのか、自分基準で? 世間の基準で? あーもうこんなんだったら最初から選択肢を絞ってくれよ! なんて言い出しかねない自分は、まあただの小心者&優柔不断なんでしょうね。

ということで、将来何になろうかななんて未だに考えたりしている自分は、いったい幸せなのか不幸なのかと、ちょっとだけ考えこんだ夜でした。

民主主義とイスラーム

民主主義といえば、投票や挙手による多数決が思い浮かびます。ただしこの方法、その昔イスラム教徒の友人と話していたら、「議論の時間の短縮にはなるけれど、結局は少数意見を無視するってことでしょ?しかも多数派が正しいなんて誰が証明できるの?本当のことを知っているのはアッラーだけだよ」と言われたことがあります。

こちらも的確な反論はできなかったのですが、たぶん10対90になったとしても、自分が正しいと信じていたらこの人たちは最後まで戦うんだなと、あきらめにも似た気持ちになったことを記憶しています。

「世の中に絶対はない」ということをぼんやりと信じている日本人にとって、神様という絶対的なものをもつ人たちとは、やはり最後まで分かり合うことはできないんだなと、その時あらためて思ったのでした。

こちらが彼らの異文化を認めていても、彼らはこちらが間違っている(だから正してあげよう)と考えるんですから、異文化理解のしたもん負けです。むむむー。

忘れない

忘れた方が楽かもしれないけれど、そこは踏ん張って語り継がなければいけないんだなと。3月11日、ニアス島にて想う。

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* * *

おまけ。ピロリ菌とか魂の叫びとか。

ピロリ菌除去

数年前から会社の健康診断にピロリ菌チェックが加わりました。想定の範囲内でしたが、やはり初回からバッチリ陽性という結果が。どうしようかなー、除菌治療しても確率100%じゃないしなー、副作用もあるだろうしなー、などと考えずっと放っておいたのですが、そろそろなんとかしなきゃと思い立ち、今回、数度目の健康診断の結果をうけて、ようやく医者に行くことにしました。

医者に診断書を見せて、陽性なんです除菌薬ください、で終わるかと思っていたら、医者から予想外の丁寧な説明を受け、ちょっと感動すらおぼえました。曰く、ピロリ菌が胃癌の原因と証明はされていないが胃癌患者はもれなく保菌者である、ピロリ菌で胃癌のリスクは5倍になるというがそれは数字のマジックでもある、ピロリ菌は必ずしも悪さをしているばかりではなく胃酸の分泌を抑えている面もあるから菌がなくなると胸焼け (逆流性食道炎) になりやすくなるかもしれない、などなど。

特に、テレビや書籍で宣伝され一人歩きしてしまっているリスク5倍という数字については、注意が必要です。ピロリ菌をもっていない人が100人中1人胃癌になるとしたら、ピロリ菌保有者は100人中5人、だからリスク5倍なんだそうです。見方を変えれば、ピロリ菌があっても、100人中95人は胃癌にならないということ。除菌した結果、逆流性食道炎が増えてしまうかもしれないし、ピロリ菌が100%悪者だとも、除菌が100%正しいとも、はっきりと言えるわけではない、とのことでした。

こういうことを理解した上で除菌薬を飲んでくださいと言われ、表面的にはハイっと軽く答えましたが、心の中ではビシッと敬礼していましたよ。こういう良い医者にあたると感動しますね。世の中、あらゆる物事には両面性・多面性があるんだということを、あらためて認識しました。善悪なんて当事者の都合によっていくらでも変わるんですよね。深いなぁ。

魂の叫び

とある日本のスーパーでトイレを借りました。着座してまず目に飛び込んできたのが前方の壁の張り紙に書かれた落書き。いや、落書きというかクレーム?

「水流弱すぎ!」

ふむ・・・。まあ、とくに何も思いませんでしたが、ふと顔を右に向けると、そこの張り紙にまたしても「水流弱すぎ!」 お、けっこう強めに言いたげ?

もしかしてと思い左に目を向けると、今度は2枚の張り紙それぞれに「水流弱すぎ!」 しかも1枚には「水流弱すぎ!いい加減直せよ!」

うーむ、これはけっこう魂の叫びではないだろうか。よほど腹に据えかねたのか。クレームの仕方は間違っていると思うけれど、切実さは伝わってきます。

しかし、「いい加減」と書くくらいだから、何度もこのトイレに来て用を足しているんでしょう。そう思うと、なんだか急にせこい話に思えてきました。

お前、文句言う前にまず自分の家でしろよ・・・。

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