A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

旧ソ連諸国よりソ連かも@ハノイ

去年まで2年間、ウズベキスタンに住んでいました。タシケントで暮らしつつ、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァに旅行、カラカルパクスタンには出張で何度か。

ご存知のとおりウズベキスタンを含む中央アジア5ヶ国は、20世紀の数十年間、ソビエト連邦を構成する共和国でした。

ウズベキスタンはソ連の崩壊とともに1991年に独立を果たし、ウズベク・ソビエト社会主義共和国からウズベキスタン共和国に。

ウズベキスタンに赴く前は、街の雰囲気もきっと暗い (ロシア的な暗さがある) のかなと不安もありましたが、実際に暮らしてみるとまったくそんなことはありませんでした。

市内にはロシア語の看板があふれ、レストランのメニューもほとんどロシア語 (とウズベク語、またはウズベク語をキリル文字標記)。

店員やタクシー運転手が話すのもロシア語だし、タシケントはロシア系住民も目立ちました。なので毎日ロシア (語・人・文化) を意識して暮らしていたことは事実です。

そこに暗さや影を感じたことは一度もありませんでした。自分にとってのロシアは、ロシア正教やロシア民謡など文化の香りが第一 (でも哀愁はありますね)。

次に、職場の歴史図書館に収蔵された1960~80年代の写真が示す、当時の最先端の科学技術を用いた、社会主義的大規模灌漑事業というイケイケ・ドンドン。

すでに独立後30年以上たっていますが、旧ソ連時代の政策的枠組みや社会・産業形態は簡単には捨てられず、社会主義的な考え方は生活のあらゆる面でまだ支配的です。

ただ、ソ連・共産主義のシンボルマークである「鎌と槌 (つち/ハンマー)」はと言えば、自分は目にしたことはなかったと思います。あっても忘れるくらいだから本当に稀。

そういった意味では、ウズベキスタンでロシアを意識したことはあっても、ソ連や共産主義を意識したことは皆無だったと言っても過言ではありません。

街角で見かける国旗もウズベキスタンのものばかりでしたし、国を表す「色」をひと言で言うなら、やはりそれは共産主義の赤ではなく、ターコイズブルーです (⇒コチラ)。

なので、ハノイに来て正直目を丸くしてしまいました。お昼休み、散歩がてら職場の周りを少し歩いてみたところ、まああるわあるわ、鎌と槌が。

ベトナムの国旗は赤地に黄色い星です。釜と槌も同じく赤地に黄色。このふたつが、狭い路地や所によっては表通りに、これでもかというくらい掲げられています。

ベトナムに対するソ連の影響は長期間に渡り、1970年代後半~1980年代がもっとも強く、しかし1991年のソ連崩壊とともに終わったと考えられます。

1986年に始まったドイモイ (刷新:経済自由化など) は生来の国民気質に合っていたのでしょう、自分も毎朝の通勤路で目にする、早朝から路上で営業を行う多くのストリートベンダーには、「なんて働き者なんだ!」と感嘆の念を禁じえません。

共産主義が陥りがちな怠慢労働の雰囲気など微塵も感じられないと言うのに、街中には「鎌と槌」が溢れているわけです。この強烈な違和感。おもしろいぞ、ベトナム。