「Chiang Khan Story」は2014年のタイのロマンチックコメディ映画です。タイ東北地方 (イサーン)、ルーイ県のチェンカーンを舞台にした物語は、幼馴染との初恋の行方という定形フォーマットを借りていますが、単なるラブストーリーを超えた、人が大人になっていく心のありようも感じられる秀作でした。
時は1970年代、両親がおらず祖母と暮らしている小柄な男の子トゥッケーは、利発な女の子ペーンと大の仲良しです。映画が大好きで、夢は映画館に掲げる作品ポスターの画家になること。一方のペーンは将来女優になって、トゥッケーに自分の作品ポスターを描いてもらいたいと言うのでした。
トゥッケーの祖母がなかなか辛辣です。「ペーンの家に夕食に呼ばれたのになぜ行かないの」そう質問するトゥッケーに、「社交辞令だよ、私はあの家のメイドだ、同じテーブルには座れない」とぶっきらぼうに答えます。「ペーンはいつも一緒に遊んでくれるよ」と言うトゥッケーには、「身分をわきまえな」と思わず手を上げる祖母。
トゥッケーを産んですぐに町を去った母親。父親は不明。クラスでは親なしとからかわれるトゥッケー。なぜこんな名前 (トゥッケー=ヤモリ) なのかと祖母に聞きますが、帰ってきた答えは「お前の母親がつけたんだ、ヤモリが嫌いだからね」。
子供にとっては辛すぎる答えですが、「これでもまだ母親に会いたいか」と聞く祖母に、トゥッケーは首を横に振ります。これは祖母なりの「母のことは忘れろ」という思いだったのかもしれません。
泣きじゃくりながら「名前を変えてもいい?」と聞くトゥッケーに、こちらも涙を浮かべながら「変える必要はないよ、私はヤモリが嫌いじゃないからね」そう背中越しに答える祖母でした。「僕のことを嫌いにならないで」トゥッケーの涙の訴えが心に響きました。
こんな生い立ちもあってか、どこか引っ込み思案で影のあるトゥッケー。家は貧しくお小遣いもほとんどありません。クラスの悪ガキグループの遊びに加わりたいものの、肝心のおもちゃのピストル (5バーツ) が買えません。空き瓶を拾ってお金に換えて、それでおもちゃを買おうと決めたトゥッケーを、ペーンも手伝います。しかし一日中歩きまわって集めた空き瓶は、4バーツにしかなりませんでした。
お金はペーンと分け合い、トゥッケーはピストルを、ペーンはずっと食べたかったキャンディー (母親に食べてはダメだと怒られたもの) を買うはずでしたが、目当てのものは何も買えませんでした。結局、ペーンはキャンディーを遠慮し、トゥッケーは4バーツで買える安っぽいピストル (というか木を削ったもの) を買ったのでした。
やがてペーンはバンコクに引っ越すことが決まり、チェンカーンを離れていきました。引っ越しの当日、空き瓶を集めキャンディーを買おうと朝から走りまわっていたトゥッケーでしたが、クラスのお別れ会にも、ペーンの出発にも間に合いませんでした。
時は流れ、トゥッケーはアートの専門学校を卒業し、チェンカーンで子供の頃の悪友たちとくすぶっていました。いつか映画監督になりたいと言うトゥッケーですが、何をしたらいいのかわかりません。相談を受けた悪友は、だったらストーリーを作らなきゃとはっぱをかけます。
一方、バンコクの大学を卒業したペーンは、チェンカーンに戻りアメリカ留学を前に数ヶ月の時間つぶしをしていました。父親が亡くなった後、再婚相手の継母とは折り合いが悪く、実家を追い出されたペーンは友人の家に寝泊まりし、友人のブティックを手伝ったりしていました。
ペーンはブティックで偶然再会した旧友から、彼女が関わっているCM撮影用の衣装の発注を受けます。撮影現場に衣装を届けると、ペーンの容姿は撮影クルーの目に止まり、トントン拍子にCMに起用され、一躍話題の人となりました。
トゥッケーが書き上げた脚本は映画会社の目に止まり、すぐに映画化が決定。しかし監督は会社の指名 (アメリカ帰りのイケメン監督)、トゥッケーは助監督ということで映画製作がスタート。主演女優はペーンが抜擢されました。
ここまでに一度、トゥッケーとペーンは再会していました。しかしそのシチュエーションは最悪。クラブでクスリを飲まされ襲われそうになっていたペーンを助けたトゥッケーでしたが、逆に暴漢の一味と間違われ、バットで殴打されるはめに (一発で気を失う)。ペーンもトゥッケーだとは気づいていません。
映画製作初日、二人は現場で顔を合わせましたが、ふたたびペーンが激昂、トゥッケーは撮影クルーから除外されてしまいました。映画作り、そしてペーンへの想いをどうすればいいかわからないトゥッケー。
その後完成したペーンの映画 (トゥッケー脚本)「Closer than Friends (友達以上)」は評判をよびましたが、同時に監督と主演女優ペーンの熱愛も世間を騒がせていました。
トゥッケーは映画を作ることができるのか、ペーンとはこのまま終わってしまうのか、観ているこちらがヤキモキする展開が続きます。
この映画、大人時代もいいのですが、子供時代の役者がとてもいいです。男の子も女の子も、子役の演技と軽く見ることはできない、胸を打つ表情が素晴らしかった。涙なくして観ることはできませんでした。
そして単なる初恋成就物語にはなっていないところがいい。ペーンは予定通りアメリカに旅立ちます。トゥッケーも次の映画の脚本作りを開始。最後までラブシーンはありません。二人がそれぞれ自立した大人になっていく様が清々しいと思いました。
ネタバレになってしまいますが、これ、最後にペーンが「必ず戻ってきます」と言うのはいらなかったかもしれません。二人の自身の成長物語として、十分成立していると思ったからです。
地方でくすぶる青年の描写も良かったし、青春ドラマとして捉えても、とても面白い作品でした。トゥッケーが撮り始めた映画が、実は本作冒頭の子供時代のシーンだったりして、一瞬「あれ?」と思ったのですが、こういう入れ子構造もなかなかフックが効いていて面白いなと。コメディパートも良し。味のあるおじさんがたくさん出てきます。
ちなみに、チェンカーンはルーイ県の中心市街から北へ約48km、車で約1時間ほどのところにある、メコン川沿いの小さな町。「第二のパーイ」とも呼ばれ、近年タイの若者や外国人観光客も多く訪れる注目の癒し系スポットなんだそうです。
映画に登場する風景は、どこか郷愁を感じさせるもの。また、作品の中でメコン川はひとつのキーワードになっていました。
大人トゥッケー役のジラーユ・ラオンマニー (Jirayu La-ongmanee) は売れっ子です。自分は「ミウの歌」「Phobia 2」「SuckSeed」で彼を見ましたが、憂いのある演技が秀逸。