A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

ミウの歌(タイ映画)

「ミウの歌~Love of Siam~」は2007年のタイ映画です。アクションやホラーが人気で "ドラマ" は流行らないと言われるタイですが、低予算の作品で役者もほとんど無名の新人ということにもかかわらず、異例のロングランヒットを記録した作品。

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幼馴染みのふたりの少年、ミウとトン。子供の頃は向かいに住んでいて、一緒に遊んだり困った時は助け合ったりする無二の親友だった。ミウは祖母とふたり暮し。トンは両親と姉テンとの4人家族。しかし、トンの姉テンが家族と離れひとりチェンマイ滞在中に失踪したことを機に、トンの家は引越していってしまう。

高校3年になったある日、若者が集まる街 "サイアム・スクエア" でふたりは偶然再会する。トンの家族は姉テンの失踪の影を未だ引きずっていた。父親は自分を責めアルコール依存、母親は気丈にふるまっているものの限界寸前。トンの心は晴れず、仲間と遊んでいてもデートをしていても身が入らない。

一方ミウは、祖母を亡くして以降ずっとひとり暮らしだった。音楽が好きで、学生バンド "August" では曲作りとボーカルをやっている。メジャーデビューの話も出ていてそれなりに楽しくやっているが、心のどこかにいつも孤独を抱えていた。

ミウとトン、お互いの気持ちを理解できるふたりは、互いに重要な存在になる。ただそれは、深い友情なのか、それとも恋なのか・・・。戸惑うふたりと、それぞれ悩みを抱えている家族や仲間たちを通して、愛とは何かを問う、それぞれの喪失と再生の物語。

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上映時間が158分とかなりの長尺です。途中で休憩を入れるつもりで観始めましたが、ストーリー展開が巧みで、登場人物の誰もが愛おしく、胸をしめつけるようなエピソードばかりのため、むしろあっという間に観終わってしまいました。主なエピソードは次のとおりです。

【ミウ✕祖母】
親の転勤について行かず、祖母アマと暮らす10歳のミウ。ミウは親に疎まれていると思っているが、祖母は自分の世話をするため残してくれたのだと言う。祖母は亡くなった祖父を想いこの家を離れられなかった。ピアノを弾くのが好きだったミウに、もっと上手にピアノを弾ければいつか誰かに気持ちを伝えることができるようになると、祖父との思い出の曲を弾きながら話す祖母。

【ミウ✕トン】
ミウは祖母との死別により、愛する人もいつかはいなくなるという現実を目の当たりにし、虚無感を抱いている。ミウはバンドの顧問からデビュー曲としてラブソングを書くよう命じられるが、女性と付き合ったこともないミウは曲が書けずに焦る。しかしトンを想うことでラブソングを書くことができた。トンの家のガーデンパーティーで曲を初披露した夜、ミウはトンとキスをする。

【ミウ✕トンの母】
トンの母スニーは壊れる寸前の家族をひとり必死に守ろうとしていた。ミウとトンの関係を見てしまったスニーは、トンから去るようミウに忠告する。姉テンがいなくなった今、トンは普通に結婚し、子供をもうけ、普通の幸せな家庭を作らなければならないからだ。ミウはスニーの忠告を聞き入れ、トンと距離を置くようになる。

【トン✕家族】
トンは姉テンの失踪によりバラバラになった家族の中で、自分の居場所を見失っていた。自分にとって家族とは何なのか、自分は何者なのか。学校生活は一見楽しくやっているが、深い悩みが消えることはなかった。母スニーはテンの失踪がトラウマとなり、もともと厳しかったが今でもトンを学校に送り迎えするほど過干渉で、トンも母の顔色ばかりうかがっている。

【ジュン✕トン一家】
ミウの学校顧問が雇ったバンドマネージャー、ジュン。トンの姉テンを知るミウは、テンとうりふたつのジュンに驚き (一人二役)、トン、そしてスニーに紹介する。依存症で食事もしなくなった父ゴンを元気づけるため、謝礼目当てにジュンはトンの家に通うようになった。チェンマイ出身で家族はいないと口を濁すジュンを、もしかしたら本当に記憶をなくしたテンかもしれないと、すがるような思いで見つめる一家。ジュンも娘を演じることにある種の安堵を覚えるが、次第にこれではいけないと考えるようになる。

【ゴン✕スニー (トンの両親)】
あの時テンのチェンマイ滞在延長をスニーは反対していたが、ゴンが認めさせた。ゴンの後悔は消えず、今は食事もとらず酒浸りで肝臓をやられ、スニーとの仲も冷え切っていた。ジュンが家に来るようになって少しはましになったが、あいかわらず隠れて酒を飲み、食事もしなかった。物語後半、手を付けていないご飯を下げ、新しいご飯を出すスニー。ゴンがキッチンをのぞくと、冷えて固まったご飯とおかずをスニーがひとり食べていた。スニーが出ていった後、ゴンはようやくご飯に口をつける。

【イン✕ミウ】
かつてのトンの家に住む女子高生インはミウに夢中。向かいの窓から見えるミウの姿を毎晩のぞき、怪しい占いまで使ってなんとかミウの気を引こうとしているが、ミウは気づくそぶりもない。トンの母スニーがミウに伝えた忠告を偶然聞いてしまい、ショックを受けたインは、壁に貼ったミウの写真 (ストーカー級の量) を全部はがすのだった。

その後、ラブソング作りの最終段階で、ミウがインに古い中国の歌の歌詞の意味をたずねに来た。インの家でたまたまかかっていた曲が、祖母との思い出の曲だったのだ。歌詞カードを手に兄に聞くといってインが部屋を出た際、ベッドの下に大量の自分の写真を見つけるミウ。

部屋に戻ったインは写真を手にするミウを見て言葉を失う。「(歌詞は) どういう意味?」沈黙の後ようやく口を開くミウ。「愛がある限り、いつだって希望はある」そう答えるインにミウは、「君はまだ希望をもっている?」とたずねた。「希望をもってもいいの?」泣きそうな顔で言うインだったが、ミウは「君はいい友達だよ」と静かに伝える。

【イン✕トン】
合コンをきっかけに遊び仲間になった男女グループそれぞれの一員。ある日、トンの仲間が軽い気持ちで「お前ってゲイ?」と聞いた。憮然として部屋を出るトンを、インは追いかけた。お前が言ったのかと語気を荒げるトンに、必死に否定するイン。もみ合ううち、「俺がゲイかどうか知りたいのか」とインを強く抱きしめるトン。しかしすぐに悲しい顔をして身体を離してしまった。今度はインがトンの手をつかみ自分の胸に押し当てる。その手をふりほどくと、トンは床に崩れ落ちた。「自分は何なのか」と泣き崩れるトンを、インは優しく抱きしめた。

【ジュン✕両親】
若い頃、自分の人生を変えたくてバンコクで学ぶことを決心したジュン。両親の反対を押し切りチェンマイの家を飛び出して以降、何年も音信不通で、ようやく故郷に帰ったのは働きだしていくらかお金がたまった頃だった。しかしすでに両親も実家もなく、聞けばジュンがチェンマイを離れてほどなく、事故により両親は亡くなったのだという。後悔と喪失感に悩まされていたジュンは、トンの家で家族の大切さを痛感する。そしてバンドマネージャーを解雇されたのを機に、人生をやり直すため夜行バスに乗る。

【ミウ✕バンド仲間】
あることをきっかけにミウとバンド仲間のリーダー格X(エックス)に亀裂が入る (救護の実習授業でマウスツーマウス法をやらされた後、「お前舌入れんなよ!」とXに言われる、たぶん冗談)。クリスマスライブの日が近づく中、トンと距離を置いた後落ち込んでしまい歌う気になれないミウは、バンド練習にも顔を出さない。

ボーカルの代役はいるものの、顧問に最終確認された際、バンド仲間が選んだのはミウだった。一方的に仲違いされていたXがミウを迎えに行く。今でもミウは最高の友達だと言い、たとえすべてを理解できなくても、ミウのことを心配する人は周りにいると伝えた。そして再び練習に顔を出すミウ。

【トン✕ドーナツ】
誰もが羨む美男美女カップルだが、性格キツめのドーナツは、電話に出なかったりはっきりしない態度のトンにイライラしてばかり。ドーナツは違う男子ともデートしたが、ミウのクリスマスライブの日に再びトンを誘ってくる。困ったトンはインに相談するが、自分で決めなくちゃだめだと諭すイン。当日、トンはドーナツにもう会えないと謝る。「もっと早く言ってくれたら違う人とデートしたのに」そう言い残し去っていくドーナツ。

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とまあ、ざっとあげてもこれだけエピソードがあるわけで、同性愛、家族、友情、恋愛、自分探しなどテーマは多岐に渡りますから、158分が本当にあっという間でした。どれも心に残るものばかりで、もちろん主人公ふたりのやりとりは素晴らしかったです。(結末は書きません、でも号泣必至!)

トンの家族が再生していく過程も泣けたし、インのいじらしさも胸に迫りました。最後にトンの背中を押したのはインだったんですよね。その後のシーンが切ないし個人的にこの映画のMVPはイン。ジュンのいい女っぷりにも惚れたし、トン一家との別れも希望が感じられるものでした。

シリアスなシーンが多いですが、クスッと笑えるコミカルなシーンもたくさんあって、役者がいい、画もいい、音楽もいい、サイアム・スクエアの雑踏もいい。つまり、全部いい。100点満点の映画でした。あえてひとつ言うなら、もっと長くてもいい!

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