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~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

タシケント国際映画祭・映画鑑賞記録(カザフスタン、キルギス、イスラエル)

タシケント国際映画祭では、9月29日から10月1日にかけてタシケントの8つの映画館で、中東・アジア・東欧・南米の26ヶ国、49本の映画が上映されました。中央アジアからはカザフスタン、キルギス、トルクメニスタンの3ヶ国が出品。残念ながらウズベキスタンの作品はありませんでした。

自分がこの土日で観たのは3作品。「タビルガ (キルギス)」「Barren (イスラエル)」「Lonely Yurt (カザフスタン)」です。3作ともリビエラモール (Riviera Mall) の映画館で観ました。いずれも無料でしたが、もったいないことに、どれも観客はまばらでした。

毎回、子供連れの家族も何組か入っていましたが、どの映画もみんな途中で退席していました。社会問題に鋭く切り込んだものや歴史上の悲劇を描いた作品だったので、子供は完全に飽きてしまったか、あるいは残酷すぎて子供に観せるべきではないと親が判断したのかも。

そもそも吹き替えではなく字幕 (ウズベク語) ですから、大人でも映画を見慣れていない人には厳しかったでしょう (ウズベキスタンの映画館では外国映画はほぼすべてロシア語吹き替え)。かなり重たい作品だったので、自分も鑑賞後はどんより気分が落ち込みました。

帰宅後にあれこれネットで情報を調べ、映画のストーリーや背景を復習・補完して、ようやく少し冷静に作品のことをふり返っています。以下、観た順番に、3作品を簡単にご紹介します。

タビルガ(Tabilga)

2021年のキルギス映画。テミール・ビルナザロフ監督 (Temir Birnazarov)。軽いタッチの社会派ドラマ、悲喜こもごも、善人たち。

【あらすじ】主人公は元教師、古いミニバスを借りて運転手として働き、 彼の妻は花を育て路上販売し生計の足しにしている。大学に通う長女と、年下の息子の4人で暮らす家は小さな借家で、いつか持ち家をと願うものの、現実は常に金欠状態。ある日、仕事を終え帰宅した主人公は、ミニバスの中で大金 (米ドル) が入った旅行カバンを見つける。 突然の大金に右往左往する夫婦。ついに大喧嘩を始めるが、なんとか仲直りし、売りに出されていた邸宅を見に行く。そこには、会社の大金を紛失しショックで寝込んだ息子のため、やむなく家を売りに出した老夫婦がいた (セリフがわからないのでここは想像)。カバンを返却し善人であるべきか、それとも家族の幸せを選ぶべきか、主人公は悩む。しかしもう答えは決まっていた。

【感想】ウズベク語の字幕、しかも技術的な問題なのかほぼ表示されなかったので、まるでセリフはわかりませんでしたが、良くも悪くもひねりのない (邪念がなく純粋な) ストーリーだったため、内容はよくわかりました。この題材なら徹底的なコメディにもできるし、ブラックにも悲劇にも、なんなら逃走劇 (サスペンス) にもできます。でも監督はあえてシンプルな道を選んだのだなと。映画的なカタルシス (エンターテイメント性) は足りなかったかもしれませんが、味わいのある作品でした。

※注:数万ドルの大金が戻ってきた割にその会社 (写真撮影所) のスタッフは表情が淡々としていたので、もしかしたら撮影用の偽札なのかなとも思いました。主人公が大きな買い物をしたら偽札とわかりがっかり (さらに逮捕) というブラックなオチかなと途中考えたりもしたので、偽札説は自分の中ではアリと考えていました。そうすると映画の教訓としては「変なお金を使わなくてよかったね」ということに。でもそうすると寝込んでいた人がカバンを置き忘れた張本人ということではなくなるのか。うーん、どっちだろう。。

バーレン(Barren)

2022年のイスラエル映画。モルデハイ・ヴァルディ監督 (Mordechai Vardi)。重苦しいタッチの社会派ドラマ、性犯罪、夫婦の亀裂、ユダヤ教超正統派。

【あらすじ】不妊に悩む超正統派 (ユダヤ教ウルトラオーソドックス) の若い夫婦、ナフタリとフェイギ。夫の実家で暮らしているが、妻は義両親の目を煩わしく感じている。ある日、義父が家に招き入れた流浪のラビ (ユダヤ教聖職者) は、不妊治療ができると言う。夫が巡礼のため不在となった夜、妻はラビに不妊治療だと言われ背後から体を重ねられる。恐ろしくて声をあげる事もできなかったが、義母がその場にかけつけ、ラビは家を追い出された。

夫は帰宅後にその事を知ると、なぜ叫び声をあげなかったのかと責め、妻を遠ざけた。町のラビが間に入り、宗教的にその事実はなかった (妻は潔白) とされたが、夫は受け入れられない。妻は一人で死を選ぶが、意識不明で発見された。夫は後悔し、病院に泊まり込みずっと妻のベッドのそばにいた。2週間後に妻は目覚めたが、夫を部屋から追い出し医者と話をする。妻は妊娠しており、生むことを決意した。

子供のDNA鑑定をしたいという夫に対し、町のラビは、育ての親が本当の親だと言った。科学よりも宗教の規範が上回るのだと。その後無事に男子が生まれる。夫は喜びにあふれるが、子を抱く妻の夫を見る目に、生気は宿っていなかった。暗転して終劇。

【感想】英語字幕もあって良かったです。この映画で「超正統派」を知りました (⇒Wikipedia)。ちょっとネットを検索すると、彼らの性犯罪ニュースや前時代的な女性観に関するコラムもすぐに見つかります。だからといって第三者が否定も肯定もできませんが、こうした作品がイスラエル国内から世に放たれたのは、時代の必然なのかもしれません。監督自身もラビですし。

女性が襲われた際に叫び声をあげなければ、ユダユ教的にはレイプではないという町のラビの見解が印象的でした。なかった事にするのは女性の名誉を守るためとも言えますが、結果、犯人は無罪となってしまいます。何より宗教の規範に従って生きてきた夫婦でしたが、とくに妻はそこに疑念を感じるようになったのかなと思いました。

とにかく救いがない話なので、観た後はなんともやるせない気持ちになりました。病院で目覚めた後、医者と会話した時の妻の表情から、夫の子供ではなくあの時のラビの子供だと、妻はなんとなく悟っていたように思います。妻はこの後の人生をどうするつもりでしょう。そんな暗い余韻に浸れる作品でした。Barren=不毛/不妊。

ロンリー・ユルト(Lonely Yurt)

2023年のカザフスタン映画。ベガルス・イェルバエフ監督 (Begars Yelubaev)。実話をベースにした悲劇の歴史ドラマ、カザフスタン大飢饉1930-1933。

【あらすじ】ソビエト政府の失政により大飢饉に襲われたカザフスタン。家畜も失ったパクラディンの一族は、カザフスタンを離れ南下し、荒野にユルト (パオ、ゲル) を建て厳しい時を過ごしていた。政権側の弾圧によりさらに移動を余儀なくされると、一族はカラカルパクスタンを目指し不毛な砂漠地帯を歩き続けた。多くが亡くなり、気が触れる者も現れ始める。パクラディンは干し飯 (乾燥パン) を子供たちに配ると、彼らを見送ってからしばらく砂漠をさまよい、ユルトや亡くなった同胞の幻を見た後、妻とともに息絶えるのだった。

【感想】大飢饉の史実やフィリップ・ゴロシチョーキンという名をあらためて知りました。この飢饉で約150万人のカザフ人が亡くなったそうです。ソビエト大飢饉 (1930-1933年) で亡くなった民族としては最大という (カザフ族として実に38~42%を失った)、人類史に残る悲劇です。しかも天下の愚策による人災。

救いがないことは歴史が証明しているので、物語のトーンは終始暗く重いです。子供たちはなんとかカラカルパクスタンの町 (クンラート) にたどり着き、ようやく食料を与えられますが、世話係と思しき男の目は冷たく、壁にはスターリンの肖像が飾ってあります。子供たちの将来は何の保証もないように見えました (年長の子供が明らかに売られていくシーンも)。

パクラディンの最後の思いは如何ばかりか。ウズベク語の字幕だったので詳細は不明ですが、死の直前、立て続けに「La'nat Bo'lsin!」というセリフを叫んでいました。クソ!、畜生!、あるいは呪われろという意味のようです。民族の恨みは今も続いているのでしょう。全体主義の恐ろしさ・愚かさを垣間見せられた、胸に迫る作品でした。(原作本あり/英語)

※現地語タイトル:Ақ боз үй