A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

愛なんていらない(タイ映画)

「愛なんていらない (It gets better)」は2012年のタイのLGBTをテーマにした映画です。3人の物語がそれぞれ交錯しながら進み、最後はひとつに結実する脚本は、多少わかりにくさはあるものの (たぶんあえて)、逆に最後まで集中して一気に観ることができました。

1. 少年ディン
女装して踊る姿を父に見つかり出家 (短期修行) させられた少年ディン。嫌々お寺に行ったものの、同じ年頃の指導係の僧を見た途端、気分はウキウキに。夜、お化けが怖いと指導係の寝室に何度も押しかけるディン。ある夜、ディンが目を覚ますと指導係は寝室を抜け出し、お堂で座禅を組んでいました。自身を拒絶されたことに深く傷つくディンでした。

2. 青年トンマイ
父が亡くなり、父が所有していたゲイのショーパブを処分するため、母 (父とはだいぶ昔に離婚) と居住するアメリカからタイに来た青年トンマイ。お店のダンサー (ゲイ、女装しているが見た目は男) たちから処分は思い留まるよう言われますが、トンマイの態度はドライ。

お店でただひとり女性だと思ったドクマイも実は元男 (性転換手術済み) だと知ったものの、ドクマイの胸元を見てドキドキするトンマイ。運転手トンリウ (ゲイ、顔は女っぽいが身体は男) と酔った勢いで一夜を共にしますが、翌朝、我に返ったトンマイはトンリウを部屋から追い出しました。

お店の処分をあらためてダンサーたちに伝えるトンマイ。その日、最後のショーが始まると、トンリウは圧倒的な歌声でゲイの心情を歌い上げました。促され父の部屋を見たトンマイは、部屋に飾られたたくさんの自分の写真に驚きます。母は離婚した後も父と連絡をとっていたのでした。そしてそこには女装した父の写真も。

3. 中年サイターン
地方の村に派手な車でやって来たサイターン (50歳くらい、性転換出術済み)。雑貨屋で店主から万引を疑われたことをきっかけに、イケメン青年ファイと知り合いに。ファイは知っての上でサイターンと関係を結びます。日頃感じるゲイへの差別を愚痴るサイターンに、気にし過ぎだとなだめるファイ。

夜、雑貨屋を裏口からこっそりのぞくサイターン。見れば強盗が押し入り、店主は脅されていました。棒を持って強盗の背後に近づこうとしたその時、サイターンはもうひとりの強盗から背中を撃たれてしまいました。血を流し意識を失ったサイターンに、「ディン!我が息子!」と悲痛な声を上げる店主でした。

* * * * *

これら3人の物語が前後しながら進み、また、ディンとサイターンがお寺で出会ったり、トンマイの夢にサイターンが出てきたりするので、とにかく3人は関係性があるんだということが段々わかってきます。ちょっとミスリードはありますが、結局、3人の物語は2人の物語であり、それぞれ時代/時間が異なるものでした。

少年ディンは成長し結婚しますが、妻が妊娠中、女装して踊っているところを妻に見つかったことから、離婚を切り出します。妻は同意して離婚、アメリカに移住し、その後トンマイが生まれました。ディンは離婚後、性転換手術を受けて女性サイターンになり、ゲイのショーパブを開くのでした。

父も高齢となり、一度会っておきたいと故郷の村にやって来たサイターン。雑貨屋を営む父に会うも、最初は万引き犯に間違われるなど、自分を息子だと認識してくれない様子に落胆しますが、図らずも死の間際、父は自分をディンと呼んでくれたのでした。(たぶん最初からわかっていた)

トンマイがタイに来たのは父サイターンが亡くなった後です。映画の中では、ショーパブの一画にある父の部屋に飾られた父の写真を見て、我々はトンマイがサイターンの息子だと確認します。映画のラストでは、トンマイは父の故郷の村を訪れ、祖父 (雑貨屋の店主) と対面 (おそらく初)。ファイも加わり、一緒に父の遺灰を川に流すのでした。

ひとつ文句というか、映画のポスタービジュアルがぜんぜん内容を表していないのはいかがなものかと思いました。とくに8人写っている方。これだと軽いラブコメにしか思えません。男女8人ともこの格好では出てきませんし、まったく8人を言い表していません。赤い車の方はカッコイイけれど、さすがにちょっと言葉足らずです。

変に重くなりすぎず軽妙なタッチで進むストーリーなのですが、扱うテーマはけっこう重く、観終わった後の余韻は深いものがあります。思いがけず素晴らしい作品だったので、もっとちゃんとしたポスタービジュアルがあっても良かったのになと思いました。(そうしたらもっと早く本作に出会えていたかも)

タイはLGBT先進国で、みんな普通に市民権を得ていると勝手に思っていましたが、さすがにタイであっても、やはり人それぞれなんでしょうね。とくに誰か愛する人を求める場合は。LGBTについては普段ほとんど何も考えずに過ごしていますが、こういう作品をきっかけにたまには思いを巡らすのもいいかなと、先ほど降りだした雨を眺めつつ思います。

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