A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

エジプトの生活

(エジプト 1990年代後半)

汚染大国

エジプト赴任が決まり、出発を2週間後に控えたある日、東京本社で「参考までに」と見せてもらった資料に冷や水を浴びせられました。世銀やWHOが調査したエジプトの公害の報告書です。

カイロ近郊の湖は、淡水魚が豊富でカイロにたくさん出荷されていることで有名です。しかしその水質は、いろいろな重金属が世界基準の10倍も含まれていて、実際に奇形魚も多発しているとのこと。

大気汚染はさらに深刻。世界基準など軽くオーバーしています。水はなんとかなるけれど、空気を吸わないわけにはいかないし…。報告書を見せてくれた人に「これ発表されてるの?」とたずねると、「こんなの発表したら暴動になるでしょ」とのことでした。

あーあ、、、ただでさえエジプト赴任は気が重かったのに、さらに出鼻をくじかれてしまいました。それから慌てて高性能な空気清浄機を購入したことは言うまでもありません。そして2週間後、暗鬱な気持ちでカイロ空港に降り立ったのでした。

カイロでは、昔から外国人がよく住んでいるナイル川の中州「ザマレク」に家を借りました。立地条件は抜群でしたが、築20年以上の古い建物のため、ドアや窓枠は隙間だらけ。カイロの空気は見るからに排気ガスで煙っています。引っ越ししてまずやったのは、シリコンを買ってきて隙間を充填することでした。

ひと通り隙間という隙間を埋めたつもりでしたが、窓を閉め切っていても、1日たてば食卓にはうっすらと砂がつもってしまいます。しかし砂以上に苦しめられたのは、なんだかよくわからない「黒いネバネバ物質」でした。

掃除は毎日やっていましたが、テーブルを雑巾で拭くと砂と一緒に黒いものが付着します。おそらく排気ガスのNOxなんだと思いますが、手で確かめてみると粘つく感じがあり、毎日これを肺に吸い込んでいるのかと思うと恐ろしくなりました。

後で聞いたところ、カイロには200万台の車が走っていて、そのうち20%(40万台) がタクシーだけれど、これが社会主義時代に東欧から輸入されたものでもうほとんどがボロボロ、大気汚染の元凶になっているとのことでした。

汚染された淡水湖の漁業とかボロボロのタクシーとか、政府がもっと厳しく規制すれば良いのにと思うのですが、こういう低所得者層はイスラム原理主義者の支持基盤なので、政府としても対応に苦慮しているようでした。

以前、淡水湖で多発している奇形魚のことをある国会議員が告発しようとしたら、何者かに殺されてしまったそうです。カイロに出回っている淡水魚がだめなら、アレキサンドリアの海の魚は大丈夫だろうと思うかも知れませんが、やはりかなりの汚染があるとのことで、「毎日食べ続けるのは自殺行為」と言う医者もいました。

カイロでも買うことができるカラスミは、魚の卵だけあって重金属がたまりやすいものです。これから子供を作る人は食べない方がいいと言われていました。自分はこれ、けっこう食べたかな。美味しかったし。

ルクソールのテロの後、外国人観光客がさっぱり来なくなり、カイロのほとんどのタクシーが廃業や営業時間短縮に追い込まれたそうです。しかしその結果、カイロの空気が劇的にきれいになったことは、皮肉としかいいようがありません。

カイロの交通渋滞

カイロの交通渋滞はほとんど名物のように語られます。カイロは近代的な都市計画もないままどんどん人口が増え続け、地方から出てきた未登録住民を含めれば1,200万もの人口を擁すると言われていました。

その割に交通機関が貧弱で、地下鉄もありますが渋滞緩和にはほとんど役に立っていません。バスはそれなりに走っていますが、数が全然足りないので、乗ることそのものが大変で、大型バス、ミニバスともに外のステップや屋根の上にお客が鈴なりになっているのも珍しくない光景でした。

結果、多くの人が自家用車を利用するわけですが、道路の設計が悪く、また近年になって設置された信号機もほとんど機能していません。交差点では警察官が交通整理をしているのですが、見るからに賢くなさそうだし実際やり方も悪くて、ドライバーの方も最初から警察官をバカにしきっていて、おいそれと指示には従いません。

運転する方も車線を守るとかお互いに譲り合うだとか、はなから考えていませんし、そこに故障車 (毎日必ず数台見ました)、歩行者、馬車、ロバがひしめき合い、慢性的な渋滞を生んでいました。

自宅近くの2車線道路でも、バスになかなか乗れない客がジワジワと道路にはみ出し、いつも1車線が使えなくなっていました。1車線が人であふれ、1車線にバスが止まったら、後ろの車は止まらざるを得ません。そりゃ渋滞になるわけです。

自分はエジプト赴任時にカイロ空港から市内に向かう途中、「こりゃ自分では運転できないな」と早々に悟り、他の日本人と同じように運転手を雇いました。

開発途上国では、普段温厚な人が車に乗ると、なぜああも鼻息が荒くなってしまうのでしょう。どけどけー!と言わんばかりにガンガン突っ込みます。

隣の車に割り込ませてあげたらとか、歩行者を渡らせてあげたらとかしょっちゅう思いましたが、そういう消極的な走りをしていると、周りからの容赦ない波状攻撃にあって、まともに走れなくなってしまうのも事実でした。

車同士でボディーをこするとか人に軽く当たるとか、そういうのはもう仕方ないことと割り切って、ある程度ワガママに走ることも大切なんだなと。何かあったら「マアレーシュ!(なんともないだろ!=一応"ゴメンネ"の意)」で乗り切れるし。

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カイロの交通ルール

ある時、仕事帰りに2車線道路を大型バスとほぼ並行して走っていました。いつも通っているほぼ直角のカーブにさしかかった時、バスの方がわずかに右前を走っていて、左後方のこちらがちょうど死角になっているようなポジションだったため嫌な予感はあったのですが、2台で同時にカーブを曲がった時、バスが内側にググッと迫ってきて、自分の車は中央分離帯と大型バスに挟まれてしまいました。

幸いスピードはゆっくりで、お互いにすぐ止まったため大事には至りませんでしたが、バスにこすられた右側のドアが少しへこんでいました。こちらの運転手はすぐに車を降り、バスの運転手に向かってと大声で怒鳴っていましたが、日本人の感覚ならうちの運転手のミスでもあります。

こちらが死角を走っていることはわかったし、内輪差を考えれば当然の結果ですから。もしバスの運転手に文句を言われて、日本人が顔を見せたら、法外な修理代を要求されると思い、しばらく車内で成り行きを見守っていました。

バスの乗客も次々降りてきて、うちの運転手と言い争っています。どちらが悪いのか、ああでもないこうでもないと話は全然おさまりません。2、3分して、後ろで何百メートルも渋滞している車から大量のクラクションが鳴り始めたとき、ちょっと来てくれと呼ばれました。

結論として、「これは全面的にバスが悪い、しかし運転手は修理代を払うことができない、あなたは日本人だ、彼を許してやってくれ」ということでした。バスの乗客たちからも口々に「ブリーズ!」とお願いが (P音がないのでPlease→Blease)。

もともと、事故を誘発したという意味ではこちらの方が悪かったんじゃないかと考えていたくらいなので、「わかった、大丈夫」とひと言。これで問題は手打ちに。お互いすぐに発進し、その場を去りました。

帰りの車中で運転手に「あなたも今後は気をつけてくれ」と軽く言ったら、「あれは完全にバスが悪かったんだ」とメチャメチャ反論されてしまいました。何が正しくて何が間違っているのか、いまいちエジプトの交通ルールがわかりません。一方通行を逆走するのも、「できる男」みたいな感じだし。

カイロはゴミだらけ

カイロの公害といえば大気汚染に水質汚染ですが、町中にゴミが散らかっているのも相当な問題だと思います。「埃」と書いてエジプトを表すのは言い得て妙ですが、確かにエジプトは埃っぽい町です。それに加え、あちこちゴミが多い。

道路は作業員によって頻繁に清掃されていますが、すぐに土埃がたまるし、ナイロン袋や紙クズがどこからともなく飛んできます。あちこちに大型のゴミ箱が置いてあり、回収車もよく見かけるのですが、作業が追いつかないのか、大型のゴミ箱にゴミが山盛りになっているのも当たり前の光景です。

ゴミ箱に入りきらないゴミが周囲にあふれ出すと、人間とは不思議なもので、ある時点で急に気にならなくなるようです。それまでは曲がりなりにもゴミ箱付近にゴミを捨てようという姿勢が見られたのが、一転、塀の前、街路樹の根元、中央分離帯、ちょっとした空き地などなど、人々は平気でゴミを捨てるようになります。

ゴミがゴミをよび、あちこちにゴミの山が築かれると、今度はゴミを目当てに人やヒツジがよって来るようになります。家庭ゴミは、まず人がペットボトルや空き缶を拾い上げます。次にヒツジ飼いがヒツジを連れて来て、生ゴミを食べさせます。最後は、自然発火なのか誰かが意図的にやるのか、火がついてあらかた燃えて終わりです。

これってゴミ処理の究極の姿とでも言うんでしょうか。もちろん、煙にはダイオキシンとかも含まれているでしょうから、けっしく良いことではないのですが。それにしてもこんな所で育つ子供は悲惨です。写真は特別な場所でも何でもない、カイロの普通の光景。これでは性格も鈍感 (雑) にならざるを得ないですね。繊細な人は生き残れない世界。

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カイロの屋根税

エジプトは国土の大半が住環境には適さない砂漠地帯です。人々はナイル川沿いとナイルデルタ、面積にしたら国土のわずか4%の土地にひしめき合って住んでいます。なのに人口は増え続けるので、とにかく土地がたりません。

特にカイロは人口が集中しているため、1戸建てなど夢のまた夢、みんな高層住宅に住んでいました。外国人が入居するようなところは20階建ては当たり前、地元民が住むような所はレンガ造りで細~い鉄筋しか使ってませんから5階からせいぜい10階建てです。

しかもカイロには「屋根税」という変な税金がありました。建物の屋根が完成すると税金を払わなくてはならないというもので、政府はこれによって、上に上にと住宅を建て増しするよう圧力をかけているのです。

苦肉の策であることはわかりますが、その結果として、異様に汚い町の景観を生み出すことになろうとは、政府も予想できなかったでしょう。

写真は、エジプト人に見せても「これスラム? カイロじゃないでしょ?」と驚くほど汚い町並みですが、カイロ中心部の有名なモスクのミナレットから見下ろした風景です。

「まだ屋根は作っていないよ」という意思表示のため、柱から鉄筋をニョキッと伸ばし、レンガは積みかけ、コンクリートや砂利など建築資材を散乱させています。そこに砂が降り積もり、もう地面なんだか屋上なんだかわけがわからなくなっています。

これだけ滅茶苦茶なせいか、屋上でニワトリやヒツジを飼う人もたくさんいました。屋上はフンだらけです。大気汚染に水質汚染、交通渋滞に騒音公害、人口過密でいたる所ゴミだらけ、町の景観は醜悪。

これではまともな神経の人は生活できません。見えるもの、聞こえるものすべてに対して、鈍感にならなくては神経がもちません。エジプト人 (カイロ人) の無神経さは、こういう環境によって生み出されたものでしょう。彼らも被害者なんだと思いました (加害者は自分たちですけど)。

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エジプトのトイレの話

それは8日間のエジプト旅行を無事に終え、サウジアラビアへの帰路のためカイロ国際空港に着いた時のこと。ちょっとお腹がゴロゴロしてきたので、ターミナルの外に併設されているトイレに行きました。

空港の中のトイレの方が確実にきれいだとは思ったのですが、チェックインと出国手続きをしてからだとまだ小1時間我慢しなければなりません。

エジプトの観光地では数々の汚いトイレに悩まされましたが、いくらなんでも国際空港、そうそう汚いわけはないと考えつつ、小走りにトイレに駆け込んだのですが、いきなり異臭が鼻をつきました。

嫌な予感に襲われましたが、ここまで来たからにはとりあえず確認だけはしようと思い、3つのうち空いていた1番奥の個室をのぞき込みました。

「うっ…」 一瞬にして体が固まり、内部の惨状に目が釘付けになりました。洋式便器の中には、数人分のものと思われるウ◯チがこんもりと山盛りになっていたのです。

ナイル川があるとはいえ、カイロは慢性的な水不足です。トイレの水が流れなくてもそれを責めるわけにはいきません。しかしこのウ◯チの山は相当な心理的圧迫を与えます。

おそらくこの山に恐れをなした人が腰を浮かせてトライしたのでしょう。うまく真下に落下させることができず、便座のふちに立派なのが1本ひっかかっていました。

思わずクッと顎を引いて便座から視線をそらしましたが、果たしてその目線の先には、個体とは言い難いウ◯チが床に広がっていました。

この人もお腹を壊してやむを得ずここに駆け込んだのです。しかし便器は座れる状態ではありませんでした。誰もこの人を責めることはできません。

それにしても世の中にはそそっかしい人がいるようで、たぶん何も考えずに、目すらつぶってここに入ったのでしょう。床の液状ウ◯チを踏んでズルッとすべったクツ跡がありました。

その人は不用意な一歩を繰り出したことに大いに涙したことでしょう。肩を落とし、無念の表情を浮かべながらクツを洗う、寂しい男の姿が目に浮かびました。

惨状を目の当たりにし、心はすでに茫然自失、天を仰ぐしかありませんでした。しかし天を仰いだその瞬間、目に飛び込んできたのは、個室の内壁に残された何本もの茶色い筋でした。

エジプトのトイレに紙はありません。よもや水など。用を足した後ようやくそのことに気づき、男達は迷い、乱れ、絶望し、神を呪い、そして手でぬぐい取ることを決心したのです。

指についたものを壁になすりつける時、男達の胸中に去来したものは一体なんだったのでしょう。こんな思いをするために、エジプト旅行に来たわけではない。。

ああ無情。。(ちなみにこちらは引っ込んじゃいました)

カイロのラマダン

ラマダン中は普段にも増して通勤ラッシュがひどくなります。みんな「この1ヶ月くらいは勤務時間を守ろう」と思うのかどうか、いつもは30分で行ける15kmくらいの道のりが、1時間以上かかるようになります。

うちのスタッフも普通は朝1時間遅く出勤して、午後は30分くらい早く帰るのが当たり前ですが、ラマダン中はみんな真面目モードに変身していました。特に職場からの帰りの道は渋滞がひどくて、2時間かかることもよくありました。

渋滞の原因は、車が同じ時間に集中することもありますが、やはり運転マナーの悪さがあげられます。ちょっと混んでくると、たちまち反対車線を逆送する人が続出するのです。もちろん向こうからも車は来ますから、そこで車どうしが鉢合わせ、お互いにクラクションを鳴らして睨み合い、なんてこともしょっちゅうでした (というか毎日です)。

みんなお腹が減ってイライラしているせいか、クラクションを鳴らす回数も激増します。車は前に進まない、周りからはクラクションの大合唱、明らかに走行妨害している無茶な運転。こんな光景を毎日毎日見続けたら、頭がおかしくなります。エジプト生活のうち、ラマダン中の交通渋滞は思い出したくないことのひとつです。

しかしラマダン中、日没の直前になると、車が町からいっせいに姿を消しました。この時間はタクシーを拾うこともできません。タクシー運転手も家族とイフタールを食べるため家路につきますから。そして夜になると、エジプト人はまたこぞって町に繰り出すのです。交通渋滞アゲイン。

ある日のこと、ハンハリーリでイフタールをすませ、音楽会をちょこっとのぞき、夜10時頃、帰路についたときのことです。タハリール広場に抜ける高架道路はあいかわらずの渋滞で、なかなかタクシーは前に進みませんでした。

窓から下を見てみると、広場には人と車があふれ、「まだまだ夜はこれから」といったやる気満々の空気に満ちあふれていました。渋滞がひどかったので車を降りてしばらく下を眺めていたら、なんだかこちらまで楽しい気持ちになってきました。

本当に、夜更かしが大好きな人たちなんですね。エジプトに限らず、中東に旅行するならラマダン中こそおすすめです。(国によっては昼間レストランが開いていなかったりしますけど)

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ザカート (喜捨)

イスラム教徒は、ラマダン (断食月) になると普段にも増してザカート (喜捨)、つまり貧しい人たちへの施しに精を出します。うちの運転手もラマダン中はジャラジャラと大量のコインを持ち歩き、身なりの貧しい大人や子供が寄ってくると快くコインをあげていました。

エジプトは中東の中ではかなり貧しい方ですが、やはりどんな国でもお金持ちはいます。例えばロンドンにある老舗高級デパート「ハロッズ」のオーナーはエジプト人です。

カイロには、有名な2大金持ちファミリーがいて、ラマダンになると競ってザカートを行っていました。その競争の仕方が豪快で、市内の大通りの中央分離帯 (けっこう広くて芝生も植えられている) や公園に何張ものテントを設置して、毎晩、千人分くらいの食事を用意して貧しい人たちにふるまうのです。

当然、テントの数、食事の内容など比較されますから、ラマダン後半になるとどんどんエスカレートしていくわけです。食事をもらう方にとってはこんなにありがたいことはありません。

食事はその時その場所に行けば誰でももらうことができます。ただし、基本的には貧しい人たちが優先です。こういった食事のテントは、ラマダン中はカイロのあちこちで見ることができます。2大ファミリーのように毎日はできなくても、1日だけの大盤振る舞いをする人がけっこういるからです。

私の家の近くにもある日小さなテントがたって、知人 (日本人) がそこを通りかかった時「ぜひ食べてくれ」と言われ、若干不安を覚えつつもご相伴に預かったそうです。施しの食事とはいえ、ご飯の上にちゃんとチキンが乗っていたそうですから立派なものです。なかなかおいしかったと言っていました。ただ、その日の夜からひどい腹痛で寝込んでしまったそうですけど・・・。