ベトナムに来てしばらくたった頃、食事中にふと気づいたことがあります。それは、誰も茶碗を持ち上げないこと。
フォーやブンのような丼ではありません。ソイ (おこわ) やチャオ (お粥)、バインドゥックノン (お雑煮) のような茶碗サイズの料理でも、皆テーブルに置いたまま食べています。
お粥やお雑煮はスプーンを使うのでまだわかります。しかし箸で食べてもいいソイでさえ、茶碗を持ち上げる人はいませんでした。



ベトナムではこういう食事マナーなのだと思います。そう言えばタイもそうでした。食事の際に器は持ち上げない。
日本では茶碗を持たずに顔を近づけて食べることを「犬食い」と呼び、行儀が悪いとされます。自分もその感覚はしっかり。
ところが韓国では逆で、器を持ち上げないのが正式な作法です。中国はその中間で、持ち上げてもよいし、置いたままでもかまいません。
極東の三ヶ国だけでもこれだけ違うのですから面白いものです。東南アジアはほぼ置いたまま。東南アジアでは器を持ち上げるという発想自体あまりありません。
・参考過去記事:世界の食事エチケット (タイの実例)
なぜ日本だけ持つのか、諸説ありますが、有力なのは食器の違い。日本の飯碗・汁椀は陶器か木製で比較的小さく軽く、高台があるため指がかけやすく、熱くもありません。
一方でベトナムやタイでは、①大皿料理から取り分ける、②茶碗が深め、③スプーンも併用、という文化のため、食器を持ち上げる必要性が低かったと考えられています。
また日本では畳に座る食文化が長く続き、膳と口の距離が遠かったため、器を持ち上げる習慣が発達したという説も。それに小鉢が多いので、それぞれ器を愛でたいのかも。

傍目に見ると、器を持ち上げない食べ方は少し行儀が悪い印象を受けます。日本人が器を持ち上げて食べる作法こそきれいな姿であると、自分はついそう思ってしまいます。
でも世界的に見たら、あるいは箸文化圏で考えたら、やはり日本人の方が少数派であることは間違いなさそうです。
日本とベトナムをあらためて比較してみると、日本は「小さな茶碗・一人一膳・畳文化」、ベトナムは「大皿共有・家族で取り分ける・茶碗は受け皿的存在」。
違いは明確ですね。あとベトナムは食事中けっこうにぎやか。大声で話し・笑い・料理を勧め合う。静かに黙々と食べるより、会話を楽しみながら食べることが好まれます。
もっとも、食事マナーというものは国によって本当にさまざまです。エチオピアはインジェラを手でちぎって食べるわけですが、ワット (シチュー) をつけたインジェラを相手の口に押し込むのが、親愛の情だとされます (グルシャと呼ぶ)。

ベトナムで暮らしていると、「茶碗を持つか持たないか」のような小さな違いにたびたび出会います。
そして、そのたびに気づかされます。自分が当たり前だと思っていたことは、世界では案外当たり前ではないのだなと。
茶碗ひとつ取ってみても、そこにはその国の暮らし方や食卓の風景が映し出されているものです。そもそもなぜ日本では汁椀も箸&直飲みなのか。
ひとつ世界の常識を知ることは、ひとつ日本の常識が世界では非常識だったことに気づくこと。そんな旅路を続けています。
郷に入っては郷に従えという金言。しかしもはや日本にいる時でさえ、麺を豪快にすすることには心理的抵抗が。本当は蕎麦とかすすった方が美味しいですけどね。
