A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

虎は死して皮を留め、人は死して名を残す

【虎は死して皮を留め、人は死して名を残す】
獣の王者の虎は、死んでのち立派な毛皮を残すように、人は死んだあとに優れた名を残すように努力せよ、という教訓。

* * *

昨日、「人にとって幸せとは?」という投稿をしました。自分の人生をふり返ってみると、海外の仕事をずっと続けてこられたので、ここは十分自己満足、100点。

人間関係という点では、孤独と旅を愛するスナフキンのような人にはまったくなることができず、普通にちゃんと社会と接点を持ってやれています。むしろ天性の子分肌。

では、標題にあるような部分はどうか。「名を残す」の基準が曖昧ながら、実は自分の中ではすでに達成感をもったりもしています。

遡ること16年、あれはサウジアラビアの仕事を終えて、次の国に行くまでの数ヶ月間、昔から憧れていた物書きに挑戦し、何本か文章を公募に応募した中のひとつでした。

タリーズコーヒー主催絵本コンテストのストーリー部門で受賞し、イラストレーターの方に絵をつけてもらい、翌年の春、自分の名を冠した絵本が出版されたのです。

タリーズ店内のみで販売され、一般書店には流通しない絵本でしたが、全国の図書館にも寄贈され、今も特定の図書館で読むことができます。

きみといっしょに (作:石垣十/絵:くまあやこ)
静岡市内では、静岡県立中央図書館にありました。たぶん他県も中央図書館に1冊くらいでしょう。

石垣十はペンネームですが、十分「名を残した」気分です。志が低い?いえいえ、幸せのハードルは低いに越したことはないですよ。

さて、ペンネームの由来をひとくさり。いや、2作目もないのに名前の由来を語るとかダサいのはわかっています。でもせっかくなので、気持ちを吐露。

自分は心情的にはアラブ (イスラム教徒) の友人・味方です。絵本の前までに合計15年間、中東に住んでいましたから。

「十 (じゅう)」って十字架 (=キリスト教) に見えませんか。こんな字面の名前でも、アラブの友人たちは受け入れてくれるのかな、なんてことを考えたわけです。

また、「じゅう」は「銃」でもあり、しかし「自由 (じゆう)」とも似ていて、ほんの少しの違い (ゅ or ゆ) で意味が逆転してしまうのも面白いなと思いました。

あれ?でもきっとアメリカ人は、銃 (武力) こそ自由 (解放) の象徴だと、イコールで考えているかもしれないな。

日本人にとっては銃なんて危険極まりない、それこそ死・抗争・ヤクザといったネガティブなイメージしかないような気がします。

武力で自由を得ることは、本質的にあり得ないと考える日本人は多いのではないでしょうか。

勝敗が決してもどこかに遺恨が残り、何年かしたら再び対立が再燃することは歴史が証明しています。

かと言って外交 (話し合い) だけで戦争を回避できるかと言ったら、それもなかなか難しい。だから武力・軍隊・核が必要、とは言いたくないし。

それはさておき、以上、当時がんばって考えたペンネームの由来でした。ひらめいた時は「キターー!」という気分でしたよ。本ブログのアドレスにも採用中 (ishigaki10)。

ちなみに、タリーズは受賞作品とは別に自分としては渾身の一本も送っていて、実はそちらにかなり時間をかけていました。

しかし行き詰まってしまい、息抜きにサラッと半日で書いた方がスッと受賞してしまったという不思議、理不尽、いやラッキー。気負いすぎない方がいいんですかね。

当時一緒に授賞式に参加した方とはFacebookでつながっていて、今も活躍を続けているのをうらやましく見ています (⇒Instagram:くまあやこさんおくやまゆかさん)。

結局自分はクリエイターにはなれませんでした。フリーランスながら予想外に海外の仕事が途切れなかったことは、ラッキーだしありがたいことです。

しかしそれ故、その運というか経験値の蓄積を断ち切る覚悟で、作家業に進むという勇気はありませんでした。

もし違う人生があったら、こんどこそクリエイターになれるかなあ。いや、やっぱり自信ないな。本当に、世の中のすべてのクリエイターを尊敬しています。

作品づくりに悩み、苦しみ、歯を食いしばりながら取り組んでいるすべてのクリエイターに幸あらんことを。