A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

第三世界の教会巡り

以前、サウジアラビアの首都リヤドのモスクと、タイの首都バンコクのお寺についてまとめました (⇒モスク、⇒お寺)。

これまで各国で教会も少しはまわっているのですが、いかんせん数が少ないので、何ヶ国かまとめて写真を掲載したいと思います。

ウズベキスタン

ウズベキスタンで初めて本格的なロシア正教会の礼拝堂を見たものですから、内部の壁一面に描かれた宗教画やイコンの美しさに、ひと目で心を奪われました。

くらべるとカトリック教会は内部装飾もシンプルでイコンは無し、でもたいていステンドグラスはきれい。

ロシア正教会はイスがなく、カトリック教会はイス (ベンチシート) があるというのも大きな違いだそうです。

Holy Asumption Cathedral Church (Map)

Sacred Heart Cathedral (Map)

St. Alexander Nevsky Church (Map)

Holy Trinity St. Nicholas Convent (Map)

タイ

ポルトガルからタイに最初の宣教師がやってきたのは1567年ですが、アユタヤ朝のナーラーイ王が彼らに土地を与え、この地にようやく教会が建てられたのは1674年のことです。1700年代には宗教迫害から逃れてきたベトナム人キリスト教徒による教会建設も行われるようになりました。

聖ロザリー教会 (Map)

アサンプション大聖堂 (Map)

コンセプション教会 ( Map)

聖フランシスコ・ザビエル教会 (Map)

インドネシア

人口の大半がイスラム教徒でしたから、教会は少なめ。自分もちゃんと訪れた教会はひとつだけでした。そこも長い伝統をもつような古い教会ではなく、1970年代に建てられた (ジャカルタ北部プルイットに移転された)、モダン建築の美しい建物、ステラ・マリス教会です。

ステラ・マリス教会 (Map)

トンガ

「トンガは敬虔なキリスト教国」、ひとくちにそう言っても、実はいろいろな宗派が混在しています。宗派が異なるからといって何か争いごとがあるわけではありませんが、やはり自分の所属するグループが一番と各々思っているようです。以下、多数派のものからいくつか記します。

①フリー・ウェスリアン・チャーチ・オブ・トンガ
18世紀、イギリスでジョン・ウェスレーによって始められたメソジスト運動が発祥。規則正しい生活方法 (メソッド) が実践できているかどうか、互いに報告し合う少人数の組会、また信仰のレベル別のバンド・ミーティングを重視しました。このため軍隊や学校と相性がよく、ミッションスクールや病院の建設、貧民救済などの社会福祉にも熱心。

②モルモン教会 (Latter-day Saint/末日聖徒イエス・キリスト教会)
1830年、アメリカのジョセフ・スミス・ジュニアが神の啓示を受けたとして創設されました。通称の「モルモン教」という名前は聖書とともに聖典とするモルモン書から由来しており、書の名前である「モルモン」とは古代アメリカ大陸に住み、当時の民の歴史を記録し、要約した預言者の名前であると信じられています。初期には一夫多妻主義を主張。本部、ユタ州ソルトレークシティ。

③カトリック教会 (Roman Catholic)
バチカンのローマ教皇を中心とし、全世界に12億人以上の信徒を有するキリスト教の最大教派。「普遍の (カトリック)」という意味を持ち、イエス・キリストの教えと伝統を継承する世界共通の信仰共同体。ペテロの後継者である教皇を中心に、司教・司祭・信徒が一体となって祈り、ミサ (感謝の祭儀) を捧げ、神の愛と救いを実践します。

④フリー・チャーチ・オブ・トンガ
1885年、国王ジョージ・ツポウI世により「メソジストからの解放」を標榜し興された教会。先代国王やクイーン・サローテもこの教会で洗礼を受けました。その後、幾度か統合分離を繰り返してきました。

⑤チャーチ・オブ・トンガ
1924年、フリー・ウェスリアン・チャーチ・オブ・トンガへの統合に反対したウェスリアン・ミッションとフリー・チャーチの一派と、1928年のフリー・チャーチ・オブ・トンガの分裂に反対した一派により、1929年に創設されました。紛らわしいのでチャーチ・オブ・ロードとも呼ばれています。

首都ヌクアロファ

エウア島

エチオピア

エチオピアのキリスト教はエチオピア正教会が中心で、アフリカ最古級の歴史を持ち、割礼や独自の聖書 (ゲエズ語)、タボット (神の箱) を持つなど、独自の発展を遂げた東方教会系キリスト教です。4世紀に国教となり、1959年に独立教会となりました。

世界遺産にも登録されたラリベラの岩窟教会群 (聖ギオルギス教会など) は、12世紀に「第二のエルサレム」として岩盤を掘って造られた、命がけの巡礼地として有名です (今も数百キロの道のりを素足で歩いて行く)。

ラリベラの岩窟教会群 (Map)
エチオピア北部、3000メートル級の山々が連なる高原地帯に、伝説に彩られた町、ラリベラはあります。12世紀、エチオピア王国ザグウェ朝の第7代国王ラリベラにより造られた11の岩窟教会群は、1978年、世界遺産に登録されました。

中世、聖地エルサレムに続く道がイスラム教徒により占拠され、巡礼が困難になったことから、ラリベラ王はその地に第2のエルサレム建設を試みます。巨大な一枚岩を掘り抜いて造られた11の岩窟教会群は、すべて地下トンネルでつながっていると言われています。

聖救世主教会 (メダハネ・アレム教会)
ラリベラで一番の大きさを誇る教会です。窓の形にアクスム様式とギリシャ様式の十字架が彫られています。

聖マリア教会
人類の誕生と終末を描いた壁画があるとされますが、その柱は布に包まれ見ることはできません。キリストの昇天など聖書をモチーフにしたフレスコ画が、天井や壁を彩っています。

聖エマニュエル教会
第2グループ教会群の中でもっとも美しい外観をもつと言われていますが、修復と保護のためカバーがされています。

聖ギオルギス教会
正十字形に岩を彫り抜いて造られた教会です。内部には柱がありません。ノアの方舟を象徴しているとされます。

ゴンダール
ナイルの源流、エチオピア最大の淡水湖であるタナ湖の東方に位置する古都ゴンダールには、ヨーロッパ人が「不思議の城」とよんだファシリデス王の城があります (17世紀初頭に建造、1979年に世界遺産登録)。

デブレ・ブラハン・セラシエ教会 (Map)
ゴンダールには44の教会があったと言われていますが、そのほとんどは19世紀に勃発したイスラム教徒との争いにより破壊されました。この教会は17世紀にイヤス王によって建てられたもので、オリジナルのまま残っている貴重な教会です。内部は色鮮やかなフレスコ画で埋め尽くされています。特に天井には、神の力を示したといわれる、あらゆる方向を向く (どこから見ても目が合う) 80体の天使が描かれています。

アクスム
1世紀に建設され、4世紀半ばに最盛期を迎えた古代エチオピア王国の都アクスムには、今でもその繁栄を物語る数々の遺物が残されています。中でも花崗岩で造られた数々のオベリスク群は、1980年、世界遺産に登録されました。もうひとつ、アクスムを「聖都」たらしめているものは、エチオピア建国の伝説です。

紀元前10世紀頃、エチオピア、スーダン、イエメン一帯を治めていたシバの女王は、賢者として名高いエルサレムのソロモン王を訪ねます。そこで王の子を宿し、生まれた子がメネリク1世としてエチオピアの初代国王となりました。

成長し自らの素性を知ったメネリクは、ソロモン王を訪ね、数年間の教育を受けたあとエチオピアに帰りますが、従者の1人がモーセの十戒を入れた聖櫃を持ち出してしまったのです。現在も、聖櫃はアクスムの「シオンの聖マリア教会」にあるとされます。

シオンの聖マリア教会 (Map)