1990年代のリヤド
サウジアラビアは、1974年のオイルショックで数倍に跳ね上がった石油収入をもとに、急速に近代化を果たしました。
莫大なオイルマネーは種々のインフラ整備に投入されましたが、この地域は地震がなくまた土地が有り余るほど広いこともあって、政府庁舎やホテル、マンションなど、奇抜で斬新なデザインの建物をたくさん目にすることができます。
90年代当時、自分が住んでいたアパートの近くにあった内務省の建物は、地元っ子からは「女性の胸」と呼ばれていました。
個人的には「UFO」だと思っていましたが、言われてみればまあたしかに。地震が多い日本ではなかなかないデザインですね。

次の写真は1回めの赴任の前半に住んでいたマンション「アルコザマセンター」。ぱっと見、そこまで変わったデザインではなさそうですが、実は丹下健三の設計です。内部はサウジっぽく贅沢な空間の使い方でした。

次の写真はリヤド中心部にあったマンションです。周りには昔ながらのスーク (市場) や厚い土壁のお城がありましたが、その中にポツンとひとつだけ、背の高いモダンなマンションが建っていたのは新鮮な光景でした。

このマンションの部屋から見た周りの風景。90年代は土壁の古い建物もまだたくさん残っていました。

リヤド国際空港は天井のデザインが独特だなと思っていましたが、これ、デーツ (ナツメヤシ) の葉っぱをデザインしたものだと聞きました。言われて納得。

90年代のリヤドはまだ交通量もそれほど多くなく、こんな町中の道路をみんな普通に時速100kmで走っていました。自分も現地免許を取得して運転していましたが、いま考えるとけっこう怖かったかも。

一方、郊外にはきれいな土壁の伝統家屋があちらこちらに残っていました。写真は塩田で知られるカサブ (Al-Qasab) で見た伝統家屋。太陽光はいらないとばかりに、窓はかなり小さめ。すでに人は住んでおらず、ビジター用の展示館になっていました。

カサブの塩田。「砂漠の中に塩田?」と不思議に思いましたが、アラビア半島は古代には海の底だったそうで、今でも深井戸を掘ると塩水が出るため、カサブでは昔から塩作りが行われていたそうです。

2000年代のリヤド
約10年ぶりに、サウジアラビアの首都リヤドに再赴任しました。インターネットが解禁され、我が家も常時接続・無線LANでした。スピードはせいぜい500kbpsと遅く、色っぽいサイトを中心にアクセス不可のサイトも多かったです。
それにしても、1回めの赴任時はパリのコンピュサーブに国際電話をかけ、そこ経由で日本のニフティサーブにログインして、細々と電子メールのやりとりをしていたことを思うと隔世の感がありました。
強大なオイルマネーを背景に、経済発展は順調そのもの。昔住んでいたアルコザマセンターも取り壊され周辺はすっかり再開発され、タケノコのようなファイサリーヤタワーがニョキッと建っていました。展望台に上るとリヤドの町が360度見渡せます。遠くの正面にはキングダムタワーが。



ファイサリーヤタワーと並んでリヤドを象徴する建物のひとつ、まるで栓抜きのようなキングダムタワー。展望台では、昔と違って記念写真を撮る人が多かったです。ただし、女性は相変わらず顔をベールで隠したままでした。記念になるのかな。



奇抜というか遊び心あふれるデザインの建物が増えました。町中で大っぴらに写真を撮るわけにもいかず、あまり写真は残っていませんが、このどこか魚に見えてしまうビルはお気に入りのひとつでした。


リヤドのモスク
写真を嫌うサウジアラビア人にカメラを向けるのはご法度です。戒律の厳しいリヤドではとくに。なのでモスクの写真を撮ろうと決め、町中を車でグルグル回った時は終始ドキドキしっぱなしでした。
写真はすべてモスクの外観のみ、中には入っていません。異教徒がおいそれと足を踏み入れてはいけないと考えていましたし、ましてや内部の写真を撮るなど、リヤドでは怖くてできませんでした。
写真は50枚ほどありますが、これらは週末の午前中2~3時間で一気に撮ったものです。他にも町にはモスクがまだまだたくさんありました。よくこれだけデザインがあるなと、今見ても感心してしまいます。










