A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

エチオピアの断食『ツォム』

「ツォム (ጾም/Tsome)」とは、エチオピア正教 (クリスチャン/オーソドックス) における断食 (Fasting) のことです。

エチオピア正教は東方正教会に属し、ツォムは信仰生活の柱の一つで、教義的には「祈り (ጸሎት/Tseloti)」と並んで重要視されます。

4世紀にキリスト教が国教化されたアクスム王国時代に起源を持ち、ツォムはゲエズ語で「断つ・禁じる」を意味します。

断食といっても完全に食を絶つのではなく、動物性食品 (肉・乳製品・卵など) を避け、1日のうち一定時間食事をとらない、という形をとります。

こうした宗教的な断食文化は世界各地にありますが、エチオピアのツォムは特に厳格で独特な伝統を持っています。

エチオピア正教では、年間約180日が断食日とされます。主要なツォムは以下の通りです。

・大斎 (受難節):イースター前/2~4月 (55日間)
・使徒の断食:ペンテコステ後〜聖ペテロの日まで
・聖母マリアの断食:8/07~8/22 (15日間)
・クリスマス前の断食:11/25~1/06 (40日間)
・ニネベの断食:2月頃 (3日間)
・水曜断食 (ユダの裏切り):毎週水曜日
・金曜断食 (キリストの受難):毎週金曜日

禁止されるもの
・肉、魚、卵、動物性脂肪全般
・乳製品 (バター・チーズ・ミルク)

食べて良いもの
・穀物、豆類、野菜、果物
・油 (ただし植物性)

食事の時間
・一般に日没後に1回だけ食べる
・断食明けでも慎ましく 、派手な食事は避ける

ツォム期間中の代表的な料理
・シュロワット:ひよこ豆やそら豆の粉の煮込み (シチュー)
・ミスルワット:レンズ豆のスパイシーな煮込み
・ゴメン :青菜 (ケール) とスパイスの炒め煮
・インジェラ :テフの発酵パン (断食でも日常でも主食)

ツォムの日以外でもレストランにはたいていこれらは揃っています。基本すべて動物性成分を使わないため、ビーガンの外国人にも人気です。

どんな田舎に行ってもシュロワットを置いていない食堂はありません。というか、シュロワットしかないお店もありますが。

シュロワットをメインに、ベジタリアン料理を盛り合わた「ベイアイネット」はツォムの日の定番。肉料理の盛り合わせとくらべても、甲乙つけがたい美味しさでしたよ。

(↓参考:肉料理の盛り合わせ↓)

多くの家庭ではツォム期間になると、肉料理の鍋とは異なる、別の鍋でこうした料理を作るほど徹底していると言われます。

最も盛大な断食明けは、55日間のツォムが明けたイースター (復活祭/ファシカ/Fasika) です。

深夜のミサが終わった後、みんなこぞってドロワット (鶏肉と卵のスパイシー煮込み) を食べます。もちろん、インジェラと一緒に。

あとは蜂蜜の地酒「タッジ」も。フラスコ状の容器からグイッと飲むのがお決まり。

ツォム期間中は肉製品の需要が激減し、またツォムに合わせて豆類・野菜類が生産調整されるなど、ツォムはエチオピア経済にも大きな影響を与えています。

社会的な意義としては、大金持ちも貧しい人も等しく断食し辛い時間を過ごすため、国民に大きな連帯感が生まれることは間違いありません。この点はラマダンと同じです。

* * *

最後に、ツォムの期間にエチオピアで経験したことを、ふたつほど。

ツォム用マキヤト
マキヤトはたっぷりのミルクに濃いめのエチオピアコーヒーが入った、エチオピア人に幅広く愛される飲み物です。

ある日、エチオピア人スタッフとカフェで休憩中、頼んだマキヤトをひと口飲んだところ、とてもミルクとは思えない、なんとも不思議な味がしました。

一緒にマキヤトを飲んでいたエチオピア人に聞いてみたところ、なんとそれは、ツォムの日用の、ナッツ類をペースト状にしてミルクの代用としたものだったのです。

確かにその日は水曜日でした。アジスアベバのちょっとしゃれたカフェだとここまで厳しくツォムを守ってはいないのですが、たまたま真面目なお店に当たったわけです。

事情を聞けば、まあこれはこれで乙な味だなと、「ミルクで作り直させようか?」と言ってくれたスタッフにはお礼だけ言って、そのまま飲み干したのでした。(写真は普通のマキヤトです)

美味しすぎてもしかしたら・・・
ある年の4月、イースター前にエチオピア人と一緒に地方出張に行った時のこと。ツォム期間中だったので、当然レストランにはシュロワットしかありませんでした。

ただ、自分も思いましたがとても美味しかったので、一緒に行ったエチオピア人は「あまりに美味しいからもしかしてバター (ケベ) を使っているのかも」などと不安顔。

「やばいかも、でも手が止まらない」とつぶやきながら、どうにも食べる手を止められないエチオピア人たちの姿がおかしくて、旅の疲れも少し飛んでいきました。

バハルダールのレストランでの出来事です。かなりハードな行程で疲労困憊だったため、ご飯が殊の外美味しく感じられたのかもしれません。

(写真はバハルダール近郊、ブルーナイルの滝、ただし9月)