エチオピアでは9月27日、キリストが磔刑に処された十字架 (マスカル) が発見された日を祝う「マスカル祭」が行われます。発見は4世紀、コンスタンティノープルのヘレナ皇后によるものです。
中世の時代、アレキサンドリアの大司教はエチオピア皇帝ダーウィットに、コプト教を擁護した礼として、真の十字架の半分を渡したとされています。
そしてこれは、アジスアベバの北方480kmに位置するウェロ地域の山中にある、ギシェン・マリアム修道院 (Map) のエグザビエル教会にあるそうです。
修道院には、ゼラ・ヤコブ皇帝 (1434-1468) の時代に書かれたテフトと呼ばれる大量の文献が残されており、粉々になった十字架がどのように集められたかが記されています。

次の写真は自分がエチオピアにいた時、アジスアベバで撮ったものです。みんなマスカル広場に向かっています。






こちらは現地メディアから、マスカル広場の様子。




そうなると「真のクロス」も「失われたアーク (聖櫃)」もエチオピアにあるわけです。門外不出どころか一子相伝的な継承なので、真実は藪の中ではありますが。
参考までに関連の過去記事を。旧約聖書の古代世界では、いかにエチオピアが主役級の立場であったかがうかがい知れます。
アクスム
1世紀に建設され、4世紀半ばに最盛期を迎えた古代エチオピア王国の都アクスムには、今でもその繁栄を物語る数々の遺物があります。
中でも花崗岩で造られた数々のオベリスク群は、1980年、世界遺産に登録されました。そしてもうひとつ、アクスムを聖都たらしめているものは、エチオピア建国の伝説です。

紀元前10世紀頃、現在のエチオピア、スーダン、イエメン一帯を治めていたシバの女王は、賢者として名高いエルサレムのソロモン王を訪ねます (旧約聖書に記述あり)。
シバの女王はそこでソロモン王の子を宿し、生まれた子がメネリク1世としてエチオピアの初代国王となりました。
成長し自らの素性を知ったメネリクは、ソロモン王を訪ね、数年間の教育を受けたあとエチオピアに戻ります。
しかしその時、従者の1人がモーセの十戒を入れた聖櫃を持ち出してしまいました。現在も、聖櫃はアクスムの「シオンの聖マリア教会」(Map) にあると信じられています。

実際にあるのかないのかは確認のしようもありませんが、これをエチオピア人が誇りにしていることは確かです。
この教会の隣には「新しいシオンの聖マリア教会」(Map) があり、1000年前に書かれたというゲエズ語の聖書を見ることができます。
その挿絵は今も鮮やかな色彩を残しており、遙かな時を越えて見る者の胸を揺さぶります。こんな博物館級のコレクションが、なんと無造作に。。。

失われたアーク
■契約の箱
ハリウッド映画「レイダース・失われた聖櫃 (アーク)」は世界中で大ヒットしましたが、その中で描かれたアークとはいったい何でしょう。
旧約聖書によれば、それは神からイスラエルの民に下された十戒 (2枚の石板に記された) を収めた箱で、モーセがアカシアの木から作ったものだそうです。(※申命記)
後世、ソロモン王 (紀元前970〜931年) がエルサレムに神殿を建立し、至聖所にアーク (契約の箱) を安置しました。
すっかり金でおおわれた箱の上には、2体のケルビム (人間の顔を持ち、翼を持った天的な動物) 像が置かれました。(※列王記上)
箱の中にはマンナの入った金の壺、芽を出したアロンの杖、そして契約の石板が入っていたそうです。(※ヘブライ人への手紙)
箱には何か破壊的なパワーがあるようで、「黙示録」では第七の天使がラッパを吹いた後、『そして天にある神殿が開かれて、その神殿にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った』と記されています。
映画レイダースの中でも、そのパワーは存分に発揮され、ナチスの軍人がばたばたとやられていました。
しかしその後、紀元前587年にネブカドネザルのバビロン軍が神殿を取り壊した時には、すでに所在不明となっていたそうです。
以降、聖書でもアークに関する記述はなくなっており、そうして「失われたアーク」という言葉が生まれました。(次の写真はエジプトのシナイ山)

■シバの女王
エチオピアの口承伝説をまとめた「Kibre Negest (王たちの栄光)」という書物には、エチオピア皇帝の血統を記し、その祖先が聖書の登場人物にまでつながることが書かれています。
紀元前1000年頃、シバの女王は現在のイエメン、スーダン、エチオピアに広がる大エチオピア王国の女王でした。女王はソロモン王の名声を聞き、彼の知恵を試そうと、大勢の随行員を伴って金銀財宝とともにエルサレムに赴きます (※列王記上10章)。
女王の発する難問に、ソロモン王は次々と正答を返しました。感服した女王は持ってきた財宝を差し出します。逆に女王が気に入ったソロモンは彼女を求めますが、女王は側女を差し出しけっして自らは応じませんでした。
ある日、ソロモンは一計を案じました。夜遅くに宴会を開き、辛い料理ばかり出させたのです。ソロモンの神殿に泊まった女王は、「神殿の物を手にしない」という約束をさせられていたにもかかわらず、喉が渇いたため枕元の水を飲んでしまいました。
約束を破ったことをとがめられ、彼女はソロモンと一夜をともにし、その結果ソロモンの子を身ごもりました。そしてシバの女王はエルサレムを後にし、息子メネリクを産んだのです。
成長したメネリクは、自分の生い立ちを聞かされ、ある日エルサレムのソロモン王に会いに行きます。メネリクは顔立ちが王そっくりだったため、やすやすと神殿に入れたそうです。
メネリクはそこでさまざまな学問を学び、3年の後、ユダヤの僧の長子たちを従者として連れ、エチオピアに戻ることになりました。
その時、従者の1人が夢のお告げに従い、アーク (聖櫃・契約の箱) を神殿から盗み出しこっそり持ってきてしまったのです。
旅の途中でその事を知ったメネリクは青ざめますが、「神の意志に反しているのなら持ち帰ることもできまい」と、アークをそのまま運び続けました。
そうしてアークはエチオピアに持ち込まれ、現在もアクスムにあると信じられています。(次の写真はアクスムの「シバの女王の浴槽」)

アークは神の御座所でもあったため、この事件は神がエルサレムから離れエチオピアへ移ったことを意味しました。
ソロモンはその後、神に見放されたことから知恵を失い、女色に溺れ、ついには偶像崇拝に陥りエルサレムは衰退していったといいます。