劇場版「チェンソーマン レゼ編」を観ました。自分は最初にTVアニメを全話観て、続きが気になりコミック (第一部) を全巻購入読破したのが2年前、今回は直前に総集編をNetflixで観て気持ちを高め、満を持して映画館に向かいました。
映画は原作コミックにかなり忠実、かつ適度に行間を埋めてくれています。レゼ編はコミックでは約1.5巻分のストーリーで、第一部の前半と後半を繋ぐ、少し異色のパートです。チェンソーマンに強い敵はたくさん出てきますが、レゼは特に印象的かつ魅力的。
映画にするには少し短いのですが、その分、最後の戦闘シーンはマシマシでした。チェンソーマンではレゼ編が一番好きという読者もたくさんいますが、まさに自分もそう。序盤のマキマさんとの映画デートも良かった。決して冗長とは思いませんでした。

映画のレビューはSNSに熱い投稿がたくさんあるので割愛。ここでは、作中、デンジがマキマさんと観てともに涙を流した映画作品について少し触れたいなと。
その映画は1959年公開の旧ソ連映画「誓いの休暇」(監督はウクライナ出身) だと言われています。1人の善良な青年兵士の帰郷を軸に、反戦をうたった名作映画です。

以前、本ブログで旧ソ連映画おすすめ作品のひとつにあげたもので (⇒コチラ)、自分もYouTube (Mosfilm公式、英語字幕あり) で観て、静かに感動した作品です。
■あらすじ
若い兵士アリョーシャは戦場で思わぬ武勲を立て、特別に6日間の休暇を与えられる。片道2日かかる故郷の母のもとへ向かうアリョーシャだったが、お人好しの彼は道中で人助けのため貴重な時間を費やしてしまう。貨物列車に乗り込んだアリョーシャはそこでシューラという少女に出会い惹かれ合うが、別れ際、互いの気持ちを口にすることはなかった。ようやく村に到着し母に会えたアリョーシャだったが、すでに休暇は残り2日。路上で抱き合い母と短い言葉を交わすと、また一本道から戦場に戻っていった。

制作陣が描きたかったのは、『ソヴィエト社会で育ち、主義に忠実で、無垢で、素朴で、思いやりが深く母親と祖国を愛し、善意に満ち、人間としての美点と魅力に溢れた若者の世界』だったそうです。
これはあくまで理想像であって、戦争のさなかにここまで人間性を保てる兵士はいない、あまりに現実とかけ離れている、などと無粋なことを考えてしまうのは、自分の心が汚れているからでしょうか。まあそれはさておき。
戦いに明け暮れ、心を失いそうになりながらも、つかの間の恋に心を躍らせるアリョーシャの姿は、まさにデンジの心情にシンクロしたものではないでしょうか。だからこその涙だったと思います。藤本タツキ先生、やっぱりすごいな。というか、映画ツウ。
ただし、マキマさんの言う『難しくてよくわからないって評判の映画』ではないと思うし、デンジが「すげえどうでもいいシーンなのに・・・!」と涙を流していますが実際にはクライマックス (ほぼラストシーン) でしたけれど。
もっとも、作中に母とのエピソードがないデンジにとっては、母との涙の別れなど想像もできないしどうでもいい (それよりも少女シューラとのパートの方が重要) ということであるならば、むしろなるほどなと。
デンジ本人は母親に対して何の感情もわかないのかもしれませんが、そうであっても、母子のシーンには自然と涙が出てしまったという表現 (まだ泣く心があり、無意識に母を求めている)、そこまで狙っての「どうでもいいシーン」というセリフなら、もう藤本先生、天才としか。何気ない描写が深すぎる。

チェンソーマン、また1巻から読み直そう。
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■追記
映画の入場特典の小冊子にあった作者Q&Aによれば、デンジが観て泣いた映画の内容は、特に決めていませんとのことでした。。。(;_;)