A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

ネタバレ映画ポスター?

この半年ほど、週一くらいのペースで映画を観に行っています。もともと映画は好きで海外でもよく映画館に行きましたが、これまでと違うのは、日本映画をよく観ていること。静岡シネ・ギャラリーの会員にもなり、いわゆるミニシアター系の作品や名作のリバイバル上映なども楽しんでいます。4月以来、これまでに観た作品は次のとおりです。

日本映画 (11本)
機動戦士ガンダムGQuuuuuux、片思い世界、かくかくしかじか、国宝、ドールハウス、でっちあげ、この夏の星を見る、夏の砂の上、鬼滅の刃/無限城編、リンダ リンダ リンダ、遠い山なみの光

洋画 (10本)
教皇選挙、ウィキッド、サンダーボルツ、M:I ファイナル・レコニング、けものがいる、マキシーン、F1/エフワン、スーパーマン、ファンタスティック4、ジュラシック・ワールド/復活の大地

アジア映画 (4本)
新世紀ロマンティクス (中国)、年少日記 (香港)、おばあちゃんと僕の約束 (タイ)、親友かよ (タイ)

* * *

もうすぐ公開の「宝島」も観たいと考えています。そうすると今年は広瀬すずの作品を3本観ることに。上の作品では「片思い世界」と「遠い山なみの光」で主演しています。

この2本ですが、それぞれポスターが印象的でした。ブログタイトルにあるように、果たしてネタバレなのか、そうではないのか、そんなことを考えたり。

まずは「片思い世界」。まったく事前情報なしに観たので、最初はキャッチコピーの「この声、とどけ」が、すなわち「片思いが届かないラブストーリー」だと思っていました。

この意味はわりと序盤で明かされますが、そこまでまったく気づかなかったので、「あ!そういうことか!」と思わず目を見開きました。

その後は、主演3人の思いがなかなか届かない状況がありつつも、クライマックスでは奇跡のような展開があり、「きっと届いただろう」と思うことができました。

終盤まで「頼む!届いてくれ!」とこちらも感情移入しまくりでしたから、ポスターのキャッチコピーは至言だったなと。すっかり思う壺にはまりました。

最後は、これしかないだろうというエンディングでした。少々さみしくもあり、けれども思いが成就したのであれば、もう大丈夫だろうという安堵と余韻が広がりました。

* * *

続いて「遠い山なみの光」。これもできるだけ事前情報を入れずに観たかったのですが、話題作だけにあれこれ耳に入ってしまいました。

とくにポスターに書かれた「その嘘に、願いを込めた」という文言。「ああ、誰かが嘘をついているんだ」と思いますよね。そして、それはやはりプロットの核心部分でした。

こうなると最初から、「この語り手は嘘をついている」としか見ることができません。鑑賞後にあらためてあらすじを読みましたが、ここにもそう書いてありました。

【あらすじ】
日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。

それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。

物語の終盤では「アメリカ行き」が「イギリス行き」になっていたし (娘の一言だけですが)、外国のご婦人3人と丘を上るシーンも、わざわざ入れ替えて撮っていました。

夫と団地に住む悦子が、実は川べりの掘っ立て小屋に住む佐知子であったこと、そしてその娘万里子は渡英後に自殺してしまったケイコだと推察するのは容易でした。

なぜ嘘であることを事前にネタバレしてしまったんだろうと、最初は腑に落ちませんでした。最後に「え?もしかして嘘だったの?!」と驚かせる方がいいような気がして。

原作小説は未読ですが、原作はもう少し曖昧模糊としていたのではないでしょうか。実際、文字だけだとかなりわかりにくいシチュエーションだと思います。

と、ここまでが観た当日の話。翌日、もう一度作品をふり返ってみたのですが、前日とはまた少し異なるアイデアが出てきました。

つまり、本作品は、嘘であることは確定として、どこまでが嘘だったのかを考えさせるところに味わいがあるのではないか。なのでキャッチコピーはネタバレではない。

実際、自分でいくつかパターンを想像 (妄想) してみると、なかなか甲乙つけがたいストーリーが浮かびました。

①佐知子=悦子、悦子は存在しない
団地に住む悦子の存在はすべて作り話。こうありたかったという自分の妄想の極み。ただ、それにしては義父のエピソードが細かいのと、義父からの感謝のメッセージ葉書が存在することが謎。葉書まで捏造したのなら、あまりに病的。

②佐知子=悦子、悦子=別の団地妻
団地妻は実際に存在していて、佐知子に手を差し伸べていたことも事実。そんな他人に優しくできる団地妻に、自分を投影していた。義父のエピソードは実際に聞いた話で、葉書はポストから盗んだ。

あるいは、団地の上から川べりの小屋をずっと誰か (団地妻たち) に見下されていると、恨めしく思っていた。まったく接点はなかったが、それが自分だったらと妄想していた。義父のエピソードはうどん屋で聞き耳を立てた可能性も。

もし最後の方に、佐知子が団地妻 (悦子) を演じるシーンが出てきたとしたら、たぶんこれが正解だと思いますが、さすがにそれはなかったので、説としてはちょっと弱い。

③佐知子=悦子、ただし後年 (離婚後) の
悦子の生活、佐知子の生活は事実。悦子は子供を産んだ前後に夫の二郎と離婚 (二郎が父親とうまくいっていなかったように、悦子とも結局うまくいかなかった)、その後は身を落として辛い生活を送り、そこで夫となるイギリス人と出会った。その辛い期間を別人格とした。外国のご婦人3人と丘を上るシーン (佐知子ではなく悦子で撮ったシーン) は、あの頃の自分がこうでありたかったという現れ。

④佐知子と悦子は2人とも存在
2人の存在とやりとりは事実。ただし佐知子の渡英直前に悦子が佐知子を亡き者にした。万里子を連れイギリス人のもとに向かい、イギリス人を説き伏せ無事渡英 (あるいは別のイギリス人と)。二郎との将来に希望が見いだせず実行。妊娠していたのも嘘 (交わりたくなかった)。万里子 (後にケイコと改名) は心を病んで後年自殺。

なお、二郎が悦子にネクタイや靴紐を結ばせていたのは、男尊女卑の風土だからではなく、二郎が指を (おそらく戦争で) 欠損していたから (湯呑みを持つ独特の仕草のシーンあり)。

いかがでしょう、自分もあれこれ想像がはかどり楽しかったです。さすがに4番目は突飛すぎますね。個人的には3番目が一番腑に落ちるかな。もちろんこれら以外にも解釈は三者三様です。

やはり本作は、語り手の嘘を前提として、本当はどうであったのかをあれこれ想像するまでが1セットのようです。真実はひとつですが、嘘なら無限ですからね。(作中では何が真実だったかは語られません)

逆に嘘であることが確定していなかったら、もっと想像力は狭まったかもしれません。本作のキャッチコピーはけっしてネタバレではなく、むしろ想像力の源でした。

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さて、ネタバレ映画ポスターと言われるものは過去にいくつも有名なものがあり、これまで時代ごとに世間を賑わしてきました。そんなものをいくつかご紹介します。

猿の惑星 (第一作)
もっとも有名かつ致命的なネタバレ。宇宙船がたどり着いたのは、異星ではなく実は未来の地球だったという絶望のラストシーンが、まさかのポスターに。さすがにこのポスターはひどすぎるのでは。

太陽がいっぱい
「完全犯罪の筈だった・・・」ってその言い方はもう失敗確定ですよ。それでもなお名作だし、大好きな作品です。

ロッキー
ロッキー第1作では15ラウンドの死闘が予想されましたが、勝敗の行方は不明。結果はご存じの方も多いでしょうが、だからこその感動がありました。くらべて第4作のポスターは、これでロッキーが負けるわけないという。。。

ショーシャンクの空に
いやこれはもう脱獄成功じゃん。。。ちなみに自分、本作をイマイチ好きになれません。あれだけ名作だ名作だと言われているのに。脱獄を希望と言っているようなのが、なんだか釈然としない。。。

E.T.
クライマックスの自転車チェイスシーン。実はポスターにネタバレが。そうなんです、飛ぶんです。このポスターを見ていた人は、「やっぱり飛んだ!」とさぞ驚いた (あきれた) ことでしょう。まあわかっていても面白いし感動するのですが。

ローズマリーの赤ちゃん
緑色のポスターは昔からあるやつで、「一体誰の子をみごもったのか」と最大のミステリーを提示しています。当然ですね。白っぽいポスターは、いつから出回るようになったのかは知りませんが、「人間が人間以外の赤ちゃんを産む」という、もっとも言ってはいけないことをあからさまに言っています。いやそこはぼかしてよと。

以上です。「宝島」楽しみ。