日本には「南蛮」と名のつく料理がいくつかあります。チキン南蛮、鴨南蛮 (そば)、カレー南蛮 (そば)、そして南蛮漬け。




「南蛮」の由来はぼんやりと知っているつもりでしたが、今回あらためて調べてみたところ、なかなか面白いことがわかりました。
「南蛮」は料理のジャンル名ではない
南蛮という言葉は、もともと室町時代から江戸時代初期に日本に来たポルトガル人やスペイン人、さらにその人たちがもたらした文化や物品を指していました。
■南蛮人:南の海から来た異国の人 (Southern Barbarian)
■南蛮渡来:海外から来た新しい文化や品物
当時の日本人は、中国 (唐) や朝鮮半島経由の文化は「唐物」、それ以外の南の海経由 (東南アジア経由) のヨーロッパ文化を「南蛮」と呼びました。
「南蛮料理」の意味はいろいろ
■南蛮漬け
南蛮渡来の料理。魚や肉を揚げ、唐辛子や酢、玉ねぎなどの香味野菜と一緒に漬け込む。唐辛子や酢は南蛮貿易で広まった調味料。南蛮漬けはほぼ「エスカベシュ」(エスカベーシュ、エスカベーチェ、エスカベージュとも)。マリネの一種でポルトガル、スペイン、南フランスなどで一般的な料理。
■鴨南蛮そば
江戸時代、長ネギはまだ珍しく、渡来野菜として「南蛮ネギ」と呼ばれました。鴨とネギのそば⇒鴨南蛮そば、つまり南蛮=ネギ入りの意味。「カレー南蛮」は玉ねぎ使用の例も。
■チキン南蛮
宮崎県発祥。南蛮漬けの調理法を応用し、甘酢とタルタルソースを組み合わせた昭和生まれの現代料理。
「南蛮漬け」のオリジンは中東
エスカベシュという料理名はペルシア語が起源で、ムーア人 (イベリア半島を征服したイスラム教徒) によりスペインに伝えられました。
この言葉は、酢と蜂蜜またはナツメヤシの糖蜜を使った甘酸っぱいソースを使って作る肉料理の名前「シクバージュ (السكباج)」に由来します。
Sikbaj に定冠詞 (The) の AL (アル) がついて Al-Sikbaj、Sは太陽文字なので読み方は Assikbaj、アッスィクバージュ⇒エスカベージュ⇒エスカベーシュ/エスカベーチェ。
10世紀の詩人アブドゥルマリク・イブン・ムハンマド・イブン・イスマイルは、次のようにシクバージュを称えています。
-シクバージュは香りで病を癒す
-自身は病んだような色なのに
-皿を囲む男たちの手は楽しげ
-楽園の乙女がじゃれ合うよう
また別の詩ではこんな風に表現しています。よほど美味しい料理だったんですね。
-シクバージュの香りに心を奪われ
-千の用事を放り出してしまった
また、1225年にムハンマド・イブン・アルハサン・アルバグダーディーによって著された「料理の書」には、シクバージュの作り方が記されています。
この料理本は9世紀のイスラム・カリフ宮廷のレシピを再現したものだそうです。シクは酢、バージュはシチューを意味するそう。
(1) 脂ののった肉を適当な大きさに切り、鍋に入れ、水、青いコリアンダー、シナモンの枝、塩を加える。沸騰したらアクと脂をすくって捨て、乾燥コリアンダーを加え、青いコリアンダーは取り除く。
(2) 玉ねぎ、ポロネギ、ニンジン (季節による)、またはナスを皮をむいて切り、別鍋で半煮えにしてから水を切り、肉の上にのせる。香辛料と塩加減を整え、煮えかけたらワインビネガーと糖蜜 (または蜂蜜だが糖蜜が望ましい) を酸味と甘味がほどよくなるよう混ぜて加える。
(3) さらに煮て、火を止める前に少量のスープにサフランを溶かして鍋に戻す。皮をむいた甘いアーモンドの実、少量のナツメ、レーズン、干しイチジクを加え、しばらく弱火で蒸らす。鍋のふちを布で拭き、ローズウォーターをふりかけ、煮えがおさまったら出来上がり。
* * *
やがて、スペイン、ポルトガルでは肉の代わりに魚を使うようになり、南蛮渡来の料理として天ぷらの技法や唐辛子とともに日本に伝わったのでしょう。

生魚のマリネであるペルー料理「セビーチェ」も、語感からしてエスカベーチェが元なのでしょうか (つまり大元はシクバージュ)。だとすると、なんともロマンにあふれています。

中東にいた頃は、類似の料理に出会ったことはありませんでした。現代のイランでは、ナスのシチューとして伝わっているようです。

なお、最初にあげた4枚の南蛮料理写真のうち、南蛮漬けは自分で作ったものです。たぶん10年ぶりくらいに口にしましたが、あらためて食べると美味しいですね。
今回の南蛮漬け用の甘酢タレはだいぶシンプルに作りましたが、エスカベシュのタレ (ラビゴットソース) のレシピは次のとおりだそう (古い料理教本から抜粋)。参考まで。
■ラビゴットソース (5人前)
・トマト 125g (1個)
・玉ねぎ60g (中1/2個)
・酢 50cc
・塩 5g
・こしょう 少量
・サラダ油 50cc
・パセリ 少量
・ピクルス 50g
※野菜はみじん切りにして調味料と混ぜる
ラビゴットという単語はフランス語で「元気を出させる」「回復させる」という意味ですから、前述の詩の一節とリンクしていますね。