A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

ムーミンの日、スナフキンの言葉が染みる

8月9日は「ムーミンの日」。作者トーベ・ヤンソンの誕生日です。2025年はムーミンの物語が出版されてから80周年だそうですね。

本ブログではこれまで何度か、スナフキンの名言を引用しました。バンコクではムーミンカフェに行ったりも (※残念ながら閉業したようです)。

そんな過去記事の再録と、スナフキンの名言をいくつか。

ムーミンカフェ@シンハーコンプレックス

MRTペッチャブリー駅の地下道から簡単に行くことができるシンハーコンプレックスは、他とくらべたら小さなモールですが、日系店を含めいろいろなカフェやレストランが入っています。

今回久しぶりにシンハーコンプレックスを訪れましたが、目的は2階にある「ムーミンカフェ (Moomin Cafe)」。お店のポップなたたずまいとラテアートのムーミンに癒やされました。おまけのチョコクッキーはムーミンパパかな。

帰宅してふと、「ムーミンパパの本名ってなんだっけ?」と思って調べたら、ムーミンパパのまんまでした。バカボンパパと同じですね。

リアル

基本、帰る場所があるから今こうして海外にいられるわけで、けっしてこの生活が自分にとってのリアルだとは思っていません。

映画「ハートロッカー」は、主人公が任務を終えてアメリカに帰るものの、平凡な (?) 生活に耐え切れず再び戦地に赴くというストーリーでした。

でも、この主人公だってきっと帰る場所 (家族) があるから、戦地に行くことができるのではないでしょうか。戦場では毎日が緊張・刺激・興奮・弛緩の連続。生きているという実感があるのかもしれません。

だけどそんなのすべてフェイク。故郷の生活の方がリアルで、だからこそ幻想を求めたくなるのかなと。あの放浪の達人スナフキンだって、ときどきムーミン谷に帰ってくるではありませんか。

ある時スナフキンはこう言い:
「そろそろ、ぼくはまた旅に出なくちゃ」

そしてまたこうも言います:
「春のいちばん初めの日には、ぼくはまたここへもどってきて、窓の下で口笛を吹くよ。一年なんか、あっという間さ」

自分の居場所、帰るべき場所を認識してはじめて、人は非日常たる旅に出かけることができるのだと思います。でなければ、それは流浪です。

旅とは、どこかにたどり着くことではなく、ちゃんと帰ってくること。「家に帰るまでが遠足です」 ・・・いや、これは違うか。

崇拝

1000年も2000年も前の宗教を盲信し、狂信し、曲解し、真理を捻じ曲げ、憎悪と暴力と殺人と破壊を肯定する人間てなんなの?バカなの?

伝統文化や先人の知恵、他の誰かを尊重・尊敬するのはいいことです。けれども、崇拝はいただけません。自分を見失ってしまいます。スナフキンの言葉が胸に響きます。

「あんまりだれかを崇拝すると、本物の自由はえられないんだぜ。そういうものなのさ」

スナフキンの名言(ムーミン公式サイトから)

「そうかい。大切なのは、自分のしたいことがなにかを、わかってるってことだよ」

「それはいいテントだが、ものに執着せぬようにしなきゃな。すててしまえよ。パンケーキ・フライパンも。ぼくたちには、用のなくなった道具だもの」

そろそろ、ぼくはまた旅に出なくちゃ」

春のいちばん初めの日には、ぼくはまたここへもどってきて、窓の下で口笛を吹くよ。一年なんか、あっという間さ」

「あんまりだれかを崇拝すると、本物の自由はえられないんだぜ。そういうものなのさ」

「あんまりおおげさに考えすぎないようにしろよ。なんでも、大きくしすぎちゃ、だめだぜ」

* * *

ふ~、スナフキンの言葉は染みますねえ。。。