A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

言葉の持つ響き(編集再録)

世界の言語に共通点?(大小と美)

いろいろな国の同じ意味の単語を比較すると、何らかの共通点は見つかるのでしょうか。例えば「大きい/小さい」という単語。

これは身振り手振りの大小、声の大小などで、人類に言葉が生まれた初期の段階から表現されていたもののひとつだと思います。

なので、いくつかの言語を比べてみると (サンプル数が少なすぎますが・・・)、確かに「大きい」はなんとなく大きそうな感じがするし、あ行が多く大声で発音しやすそうな音です。

「小さい」については「S音 (SH、CH、TI含む)」が入っていて、発音する時もい行やおちょぼ口、小さめの発声で言えるような感じ。

なのでこうした単語は覚えやすいですし、そもそも身振り手振りを交えれば、大小はどんな国の人にも意味を伝えることができるのではないでしょうか。

日本語:オオキイ (ダイ)/チイサイ (ショウ)
中国語:ダー/シャオ
英 語:ラージ/スモール
フランス語:グラン/プティ
アラビア語:カビール/サギール
アムハラ語:トゥッルク/ティンニシュ
インドネシア語: ブサル/クチル
タイ語:ヤイ/レック
ウズベク語:カッタ/キチック

では、「美しい」はどうでしょう。そもそも美しさに絶対的な尺度があるわけではないでしょうし、その表現方法も千差万別でしょう。そのため、美しい事物を客観的に表す万国共通の「音」があるとは思えません。

基本的には、たぶんもともとそのコミュニティーにとって美しいと感じる何かの事物があって、それをもって美しいと表す単語に変わっていったのかなと想像します。

しかし、以下の言語については、偶然かもしれませんが B音とJ音(CH含む) が共通しているようにも見えます。とにかくサンプルが少ないので断定する勇気はありませんが (タイ語とウズベク語はまた違いますし)。

日本語: ウツクシイ (ビ)
中国語: メイリー
英 語: ビューティフル
フランス語: ベル
アラビア語: ジャミール
アムハラ語: コンジョ
インドネシア語: チャンティク
タイ語:スワイ
ウズベク語:グザル

しかしアメリカ人に「This is Bi (これは美しい/ビです)」といくらがんばって言っても、意味を理解してもらうことは難しそうです。

逆に、アラブ人から「アンティ・ジャミーラ (貴女は美しい)」と言われて、その意味 (ニュアンス) がわかる人はいるでしょうか。

日本でジャミラと言ったらウルトラ怪獣ですしね (※注:フランスの有人衛星実験の失敗で変わり果てた姿となったフランス人女性宇宙飛行士ジャミラという設定)。

でも、ジャミラはもしかして日本人に一番知られているアラビア語の単語かも (7月10日は「ウルトラマンの日」だそうですね)。いや、みんなその意識はないか。

朧月夜 Oborozukiyo

言葉のもつ響き、ニュアンスというのは、その言葉に対するこちらの知識あるいは思いこみによって変わってくるのかもしれません。

アドベンチャーと聞けば冒険そのものですが、アバンチュールというと何か奔放な恋愛を想像してしまいます。

また、青い鳥といえばかの名作童話を思い出しますが、ブルーバードではまったく別の印象を受けます。というか車ですね。

さて、中東に住んでいた時のある日、日本のテレビ番組のビデオを見ていたら、「朧月夜」というお姫様が出てきました。

きれいな名前だなあと思いましたが、でもこれを「Oborozukiyo」とローマ字で書いて、意味をアラブ人に説明したとしても、自分が感じたほどの感動はないでしょう。

逆に、アラビアンナイトで有名な「バドルルブドゥーリ姫」は、例えこれが「満月の中の満月」という意味だと聞いたとしても、大多数の日本人にはピンと来ないでしょう。逆に濁音ばかりで汚いと感じる人もいるかもしれません。

総じてアラビア語は、力強い単語が多いように思います。「I love you」が口語で「バヒッベック」というのは、もうちょっとロマンチックな語感にならないのかなと思います。

トンガのファカピコピコ

世界各地の言語において、そのモノ・コトがなぜそのような単語になったのか、必ず理由があるはずです。

それは土地の歴史や風土によって長い間もまれ、いくつもの変化をくり返し (あるいは頑として変化を拒絶し)、そうして現代語として定着したわけです。

なので、すべての単語は必然であり、言霊という命が宿っているということにもうなずけます。

トンガに住んでいた頃、トンガ人と会議をしていたある日のこと。トンガ人同士で「ファカピコピコ (Fakapikopiko)」という単語の応酬がありました。

意味は「怠け者」。あるスタッフが思うように働いてくれなくて、どうにも難儀しているということを声高に叫んでいたのです。

とにかく議論は真剣そのもの。シリアスな表情にこちらが口を挟む余地はありませんでした。

ただ、その語感がなんともおかしくて、まじめな議論の最中なのに、こちらはなんだか笑いを抑えるのに必死でした。

ファカピコピコはないよなあ。いやいや、そこには必ず言霊が宿っているハズ。ずっと聞いていればいかにも怠け者という語感を感じ取れるハズ。

ファカピコピコ、ファカピコピコ・・・。うん、確かにあまり真面目人間ではなさそうかも。というかお調子者みたいな気がする、ファカピコピコ。

トンガ人の名前

外国人の名前で偶然、日本語と音が同じでクスッと笑えるものがあります。いや、そこを笑ってはいけないことはわかっていますが、時にはやっぱりどうしても。

トンガ人の名前でよくあるのが「アホ ('aho=日)」。マタアホ、ツクアホ、アホエイトのように何かと合体するものが多いのですが、単語だけで言ったらアホアホ ('Aho'aho=月が輝く) なんてのも。

もうひとつ多いのが「バカ (vaka=舟)」。海洋民族らしい名前です。ただしアホさんもバカさんも名字でしか聞いたことがありません。普通はファーストネームで呼び合うので、毎朝「おはよう、バカ」なんてことにならなくて良かった。

実はバカもアホもトンガ人の名前ということでしっかりインプットされていたので、もうおかしく聞こえることはなかったのですが、ある日、久しぶりにクスッときてしまいました。

その名は「イカポテ (ikapote)」さん。なんだかとっても美味しそう。そしてそこはかとない脱力感。名乗られた時ちょっと頬の緩みを止められませんでした。スミマセン。。

日本の名前とアラビア語

日本語っぽいアラビア語、またその逆というパターンもいくつかあります。日本語のような単語の場合、名前になりそうなものもあって、実際に自分の子供にアラビア語とかけた名前をつけた人を何人も知っています。

ヤスミ (ヤスミーン=ジャスミン)、マリカ (マリカ=女王)、ハヤト (ハヤート=人生)、アヤ (アーヤ=奇跡、コーランの一節)、ミナ (ミーナー=港) などです。

逆に、日本人の名字でアラビア語の単語に近い音のものがあり、そういう人たちはアラブでもすぐに名前を覚えてもらえます。

浜田 (ハマーダ:よくあるアラブ人の名前)、前田 (マーエダ:食卓)、平 (ターイラ:飛行機) などが有名なところです。平さんの場合、飛行機の口語である「タイヤール」と呼ばれていました。

最悪なのは、楠 (クス) さんでした。アラビア語の口語で女性のあそこを意味する、人前でもっとも言ってはいけない単語です。音自体はぜんぜんイメージが結びつかないですけれど。

この方は一度エジプト人に自己紹介をして大爆笑になって以来、ファーストネームを言うよう心に誓ったそうです。

これも、エジプト人だから笑ってくれたのであって、アラビア半島の国だったらたぶんとんでもない空気なっていたでしょう。

ダンム・ハフィーフ (軽い血=陽キャ) のエジプト人に対して、ダンム・サキール (重い血=陰キャ) のサウジアラビア人などと当時よく言われていました。

自分は真面目な人が多いサウジアラビアの方が圧倒的に好きですが、エジプト人の底抜けの明るさに助けられたことも、まあ何度かはあったかな。