A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

ゴルフはグリーンに非ず、ブラウン也

1927年5月28日、第1回全日本オープンゴルフ選手権大会が神奈川県の保土ヶ谷ゴルフ場で開催されたことにちなんで、5月28日は「ゴルフ記念日」になっているそうです。

ということで、ブログ引っ越しの際に削除したゴルフに関する投稿を編集再録。自分にとって初めてのゴルフ場は、ぜんぜんグリーンではありませんでしたよ。

エチオピアから南アに行ってまで買ったゴルフクラブは人にあげてしまったし、ゴルフはもう10年以上していませんが、久しぶりに打ちっぱなしでも行きたいな。

我がゴルフ人生

もともとゴルフクラブなど握ったこともありませんでしたが、カタール以来、暇つぶしも兼ねてちょこちょことゴルフを嗜むように。

もちろん、どの国でも必ず熱心にゴルフを勧めてくれる人がいて、そういう人たちに引っ張られていた面も (時には面倒だなあと思いつつ)。

1枚目の写真はリヤドからバハレンに飛ぶ上空から撮ったもの。典型的な砂漠の国のゴルフ場です。カタールやサウジアラビアで自分が行っていたゴルフ場もこれ。

カタール
若かりし頃、ゴルフを始めた記念すべき国。当時は2つゴルフ場がありました。近かった方は訪れる人もまばら、土のフェアウェーはなめらかでしたが、すでに半分砂漠化していて、ゴルフをやっているというよりも、砂漠で遭難してトボトボ歩いているような感じでした。ここに行ったのはほんの数回でした。

もう1つは毎月日本人会ゴルフコンペが行われていたゴルフ場でしたが、ホール数は12のみ、ロングホールもありませんでした。何より、ゴツゴツした岩があちこちに突き出る荒涼としたフェアウェーは、見るものをして「ここは本当に地球か?」と思わしめる恐怖感がありました。

さらに恐怖は続きます。打ったボールが岩の隙間に入ったら、まずはクラブでちょいちょいと突いてから手を入れろと厳しく言われていました。なぜなら、以前岩の隙間に不用意に手を突っ込んで、サソリに刺された人がいたからです。

ナイスショットをしたはずが、岩に当たって跳ね返り、そのボールが顔面を直撃した人もいました。慣れた人は「ゴルフっていうのは自然との闘いなんだ」などと涼しい顔で言いますが、それにしてもあまりに厳しい。ほとんどサバイバルでした。

そういえば突然砂嵐に襲われたこともありました。その時はみんなスコアが乱れまくって、そのおかげで自分は準優勝できましたが。そんなカタールも、現在ではヨーロピアンツアーが行われる立派な芝生のゴルフ場があるそうです。

サウジアラビア
リヤド近郊に1つ、土漠のゴルフ場がありました。フェアウェーは土ですが、いつもきれいに整地されていました。グリーンは芝生ではなく、砂を油で固めた「ブラウン」。

フェアウェーでボールを打つときは、小さめの人工芝を置き、そこにボールを乗せてから打ちます。そうしないとクラブの底がたちまち削れてしまうからです。

とにかくまっすぐ当たればあとはひたすらコロコロと転がっていきましたから、楽と言えば楽なコースでした。

その代わり、グリーン (ブラウン) はすべて50cmほど高くなっていて、そこだけはうまくボールを上げなければなりません。

自分はこれがヘタだったので、グリーンの周りで行ったり来たりをよく繰り返しました。とにかくよく転がりますからね、大変でした。

リヤドは3月下旬になればもう相当暑くなりますが、やはり6月から9月の間はコンペはありませんでした。

ある人が7月にゴルフ場に行って、脱水症状で倒れたことがあります。7月と8月にゴルフ場に行ったら自殺行為と言われていましたが、やったことがある人なら誰しも納得でしょう。

サウジは他にもやりたいことがたくさんあったので、ゴルフに割いた時間はあまり多くはありませんでした。今考えたら、ここでもっとがんばっておけば良かったと後悔しています。

エジプト
当時、カイロには2つ有名なゴルフ場があって、そのうちのひとつがナイル川の中州の島にある「ゲジラスポーツクラブ」でした。

自宅から歩いて行ける距離にあり、ゴルフ場内部は大きな木があったり全体として狭苦しい感じでしたが、その狭さが初心者の自分にはちょうど良かったです。

何より、自分にとって初めての「緑色のゴルフ場」ということで、当初はそれなりに通いました。

日本人会ゴルフコンペも含め、よく外国人のコンペが行われていましたが、そのわりには管理がずさんとしか言いようがありませんでした。以下、実際に目撃したこと。

・グリーンが水でビチョビチョ
・フェアウェーを車が走っている
・グリーンの上に自転車がある

他にも、キャディー連中は対面から飛んでくるボールにわざとぶつかって金をせしめようとするし、肥満のエジプト人金持ちグループが歩いた後はグリーンがボコボコに波打っていたり。

エジプト滞在後半はいささか嫌気がさして、郊外に新しくできたゴルフ場をよく使うようになりました。

そのゴルフ場 (フェニックスだったかな?) は、もう見事なくらい青々としたフェアウェー、カートを使ってプレーする広々したコース、きちんと造成された池、計算された意地悪なグリーンなど、自分にとって初めて体験する本格的なゴルフ場となりました。しかし本格的ゆえ、コース攻略は難しく、素人の自分には厳しすぎるコースでした。

エジプトは国内のリゾート地にもゴルフ場があります。職場のみんなで紅海の海浜リゾート、ハルガダに行ったとき、ホテル隣接のゴルフ場でプレーする機会がありました。

ホテルの周りはほとんど砂漠ですが、ゴルフ場では常にスプリンクラーが稼働し、青々とした芝が茂っています。他に客がいないため我々の貸し切り状態のなか、とても気持ちよくプレーすることができました。

5月だというのに、紅海から吹き付ける風が心地よい涼感をもたらしてくれます。ボールを曲げると紅海にポチャンとなるのでやや緊張しましたが、それよりも気持ちよさの方が先に立ち、一生の思い出になるゴルフとなりました。

ヨルダン
アンマン郊外に1つゴルフ場があるとは聞いていたのですが、行った人が「あまり楽しくなかった」と言っていたのを聞いて、結局一度も行かずじまいでした。

これまでで滞在期間が一番短く2年しかいませんでしたし、夏の間は暑くてプレーできず、2001年の9.11テロ以降、国内の政情が不安定になる要因があったりして、おちおちゴルフをするような雰囲気でもありませんでした。

エチオピア
アジスアベバに1つゴルフ場があります。フェアウェーは一応芝ですが、生え方がまばらで、乾期は地面がひび割れ、雨期は田んぼのようにドロドロになってしまうというレベルです。

この時の同僚はみんなゴルフ好きだったので、それに引っ張られる形で2年ぶりのゴルフ再デビューとなりました。エチオピアで、初めてゴルフが好きになったかも。けっこうがんばりました。

赴任してしばらくはクラブセットを借りてやっていたのですが、スコアーに納得できず、ケープタウンに旅行したときちょっと良い目のクラブセットを買ってしまいました。

「道具が自分に合っていない」というヘタッピにありがちな勘違いがあったことは否めませんが、結果的にクラブを買ったのは正解でした。

毎週土曜日にコースに通っていましたが (雨期の7~9月は除く)、平日は家で素振りをするようになり、日本から教則DVDを取り寄せイメージトレーニングを重ねた結果、自分でも驚くくらいスコアがのびました (と言ってもたいしたことありませんが)。

エジプトでは100を切るのが精一杯だったのですが、エチオピアでは90台前半がコンスタントに出るようになりました。もう少しがんばれば80台、というところで2年の任期が来て離任。

結局すぐに再赴任が決まって再びエチオピアに行きましたが、最初の離任間際にケガをした左人差し指の傷がなかなか癒えず (⇒コチラ:蜂窩織炎)、1年以上クラブを握らない日々が続き、最後はフェードアウト。

ちなみに、アジスアベバは2400mの高地にあるので空気が薄く、そのためボールが1割ほど良く飛ぶそうです。後年、初めて日本のコースでゴルフをした時、ドライバーが思ったより飛ばず、「ああこれか」と納得したのでした。

トンガ
首都ヌクアロファがあるトンガタプ島にゴルフ場がありました。狭くてあまり心躍るようなコースではなかったですが、それまでの経験が経験なので (中東の土漠ゴルフとか)、個人的にはフェアウェーが緑色というだけで感慨深いものが。ハードル低すぎ?

フィジー
ゴルフクラブを持参しましたが、一度も行きませんでした。なんとなく、気持ちが切れたみたい。クラブはゴルフ好きの知人に引継ぎ。

インドネシア
ジャカルタのアパートの近くにもいいゴルフ場がありましたが、打ちっぱなしを含め、一度も行きませんでした。ちょっと忙しすぎて心身ともに余裕なく。

タイ
バンコクで一度打ちっぱなしに行きました。クラブを借りて、ドライバーをひたすら。久しぶりのスイングは楽しかったです (写真はゴルフ練習場の外で寝ていたワンコ)。またこれからがんばろうかなというタイミングで新型コロナ禍に突入。残念。

* * *

ウズベキスタンではもうゴルフの存在は忘れていました。タシケント近郊にレイクサイドゴルフクラブとかあったと思いますが。心機一転、日本で一度打ちっぱなしに行こう。