ウズベキスタン人の生活に欠かせない国民食、プロフ。ただ、彼らが毎日のようにプロフを食べているかと言ったらさすがにそういうことはなく、大方の人は週に1〜2回食べたいといったところでしょう。
よく言われるのが、「木曜日と日曜日はプロフの日」ということ。その由縁には諸説あるようですが、自分が注目したのは英国BBCのレポートです。
その昔、まだウズベキスタンがそれほど豊かではなかった時代、地方に暮らす農民たちは週に2回、近くの町に産品を持参して、バザールで売ったのだそうです。
それが木曜日と日曜日だと言われ、その日の帰路はみんな懐にある程度のキャッシュを持っていたため、プロフを作るのに十分な食材が買えたというわけです。
伝承によれば、預言者ムハンマドは木曜日に受胎したと伝えられます。それにあやかって、木曜日に子を授かる (妊娠する) ことが、イスラム教徒にとっては望ましいとされました。(※ウズベキスタンだけ?)
また、昔から、プロフには媚薬効果があると信じられています。(※貧しい時代、たまに食べるプロフのハイカロリーで身体が興奮してしまうということなのかなと推察)
プロフを食べることは、その日の夜の事前行為であるとも言われ、とくに男性は、精力増強効果があると信じ、プロフの釜から油をすくって飲んだりもしたのだとか。
木曜日はバザールで得たお金があり、翌日は休み (金曜日=礼拝日) だし、プロフを作って食べて、夜は子作りに奮闘する、きっとこういう事だったのかもしれませんね。
そう言えば、自分が好きなプロフ (ジギルオシュ) のお店は店名が「パイシャンバ (Payshanba=木曜日)」でした。なるほど、そういうことなのか。
ということで、日曜日の由縁はよくわからないままですが、「木曜日はプロフの日」ということは言えそうです。次からは曜日を意識して食べに行ってみよう。
* * *
伝統的に家庭でのプロフ作りは女性の役割ですが、レストランや慶事の準備だと大釜での調理になり、一気に力仕事になるため、プロフのコック (Oshpaz) は男性になるそうです。
客人にふるまうプロフについては、味が悪くて食べきってもらえなかった場合、コックにとっては最大の屈辱であり、自害しかねない汚点になるのだとか。
食べきらなかった人を恨むのではなく、自らを恥じるというところがまた、ウズベキスタン人の高潔さを表しているなと思います。
ただし、実際にはレストランでもお皿に残されたプロフをよく目にします。考えてみれば、せっかくきれいに平らげても、おそらくそれはそれで問題が。
それはつまり、「量が足りなかった」と言っているのと同じという考え方です。中東やインドネシアなどイスラム圏で暮らしていた時は、自分もこの点を意識しました。
誰かに招待された場合、食べきれないほどご飯を出してくれてありがとうの意味にもなるからです。個人的にはきれいに食べきりたいですけどね。
経験上、関係性が近しい場合は食べきったほうが喜ばれ、遠い関係なら食べたりなくても少し残したほうがスマートな気がします。
昔、サウジアラビアにいた時、職場のわりと仲が良かったスタッフを自宅に呼んで日本食を振る舞ったのですが、予想の半分くらいしか食べてもらえませんでした。
その上、時間に遅れてやってきて、食べるだけ食べたらすぐに帰ってしまい、大量に残ったご飯を前に、ちょっと落ち込んだことをおぼえています。
コーランには、あまり早く到着せず、招待されたら中に入り、食事を終えたらすぐに立ち去ることと書かれているので、まさにその通りだったなと。
預言者が客に長居されてムカついたことがあったのかな・・・。(←こういうことを言ってはダメですよ)