A Dog's World 

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One for the Road(タイ映画)

香港の名匠ウォン・カーウァイをプロデューサーに迎え製作されたタイのドラマ映画「One for the Road」を映画館で観てきました。監督は「バッドジーニアス」で名を知られたナタウット・プーンピリヤ。本作は2021年サンダンス映画祭のコンペティション部門でプレミア上映され、"Special Jury Award for Creative Vision" を受賞しています。

ここ1ヶ月ほど映画館で予告編を観ていたので楽しみにしていましたが、実際に観てみた感想は、ただエモいだけではない (予告編はかなりエモ寄りの編集でした)、なかなかに奥深く、じんわり心に染みる作品でした。すべて万々歳のハッピーエンドではなく、失ったものも多いけれど、それでも今が最良であると感じることができる結末は、観る者に特別な余韻を残してくれるでしょう。

物語は、余命幾ばくもない青年 (ウード) が疎遠になっていた親友 (ボス) をニューヨークから呼び戻し、一緒に元カノ (アリス、ヌーナ、ルーン) のもとを巡るロードムービーです。しかし実は、ウードがもっとも気に病んでいたのは、ボスとその元カノ (プリム) のことでした。そこにはある秘密があって・・・、というお話。

劇中、いろいろな関係性が描かれます。ウードと父親 (すでに他界)、ウードとボスの友情と別離、ボスと姉の秘密、ボスと家族 (姉の再婚相手一家) のいびつな関係、ボスとプリムの出会いと別れ、そしてウードとプリム。もちろんウードと元カノ3人の関係も。最後に和解したものもあれば、叶わなかったものも。丁寧な脚本です。

舞台はニューヨークとタイ。ボスがバーを経営するニューヨークの描写もありますが、ボスが里帰りしてウードとともにタイ各地をまわる風景描写が地味に良かったです。観光地を写しているわけではなく、あくまでタイの日常風景。でもそれがとても良かった。

それから、俳優陣が良かったです。主な登場人物は次の6名 (カッコ内はニックネーム)。

ボス :Thanapob Leeratanakajorn (トー)
ウード:Nattarat Nopparatayapon (アイス)
プリム:Violette Wautier (ヴィー)
アリス:Ploi Horwang (プロイ)
ヌーナ:Chutimon Chuengcharoensukying (オークベープ)
ルーン:Siraphan Wattanajinda (ヌーン)

この中ではとくにウードを演じたアイスが素晴らしかったです。本作で初めて演技を観ましたが、後悔と諦念の先に見出した最後の希望とでも言えば良いのか、そんな複雑な感情表現が心に刺さりました。しかしそれにも増して肉体的な役作り、要は死期が迫る人間を端的に表す、激痩せという状態にまで持っていった役者魂には恐れ入りました。あ、痩せた姿の方がイケメンです。回想シーンはふっくら。

プリムを演じたヴィーはもともと好きな俳優ですが、本作でもその魅力をいかんなく発揮していました。映画「フリーランス」のジェー役には惚れ惚れしましたが、本作のプリムも負けないくらい良かったです。ボスを演じたトーは「May Who?」で主人公のライバルを爽やかに演じていましたが、本作でも、素行は悪そうだけれどにじみ出る人の良さが現れていました。

ヌーナを演じたオークベープは「バッドジーニアス」や「ハッピーオールドイヤー」などで印象的な演技をしていましたが、本作では登場時間こそ短いものの、やはり圧倒的な存在感がありました。ちなみにアリスを演じたプロイ・ホーワンのお姉さんは同じく俳優のクリス・ホーワンです。クリスは「Bangkok Traffic (Love) Story」や「オーマイゴースト」でコメディエンヌぶりが楽しめます。

良い作品でしたから、いつか日本でも観られればいいなと思います。今回は英語字幕で観ましたが、せわしなく目を上下に動かしていたので、100%感情移入できなかった部分も。それでもなお、涙ぐむ場面が多数ありました。

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 ※One for the Roadは「プアン/友だちと呼ばせて」という邦題で2022年8月5日から日本公開