村上春樹の同名の短編小説を原作とした邦画「ドライブ・マイ・カー」がタイでも公開されたので、さっそく観に行ってきました。映画は3時間 (179分) の長尺。集中力を保てるかどうか最初は少し不安でしたが、いざ映画が始まると、もうずっと画面に釘付け。最後まで飽きずに観ることができたどころか、「え、もう終わり?」と、終わってしまったのが残念なほどでした。
物語は原作小説を土台にして、そこに劇中劇で演じられるチェーホフの「ワーニャ伯父さん」を巧みに織り交ぜます。亡き妻がカセットテープに吹き込んだ練習用のセリフを車中で聴きながら、それに応えて自らのパートを諳んじる主人公の心情がだんだんとセリフにシンクロしていき、さらにあることを契機に大きく変化していくその様が、もう見事というか鮮やかすぎて、カンヌ映画祭脚本賞も納得の面白さでした。
主人公も彼の車を運転するドライバーも、そろって喪失感と心に闇を抱える人物です。そんな二人が出会い、心を通わせ、それでも生きていかなくてはならないと、最後は自分自身を見つめ直します。途中で退場してしまいますが、ワーニャに抜擢された若手俳優のある告白も、主人公の心に強く刺さりました。みんなそれぞれ演技が本当に良かったです。(主:西島秀俊、ド:三浦透子、若:岡田将生)
正直なところ、男性主人公はあまりに自己完結的で、そこには妻の主体が存在しないようにも思いましたし、また、男女の行為に魔法のごとく絶対的な何かがあるとするのも、すべからく村上春樹の小説っぽい。良いか悪いかは別にして、色濃く小説の香りがする映画でした。
「ジョゼと虎と魚たち」が小説→実写映画→アニメと、メディアの形や時代に合わせて変化していったのにくらべると、本作の振り幅は小さめなのかなと。この映画、というか村上春樹の小説は、登場人物も物語の土地も、別に日本人や日本である必要はないように思います (実際この映画には多くの外国人が登場します)。世界のどこでも、そしていつの時代でも当てはまるような普遍性が、村上作品にはやはりあるのかなあ。
などと小生意気なことを言っていますが、とにかく観た後はいろいろ語りたくなる、とても面白い作品でした。劇中劇はなんと多国籍の役者による多言語の劇、しかも1人は手話。この複雑な設定も、ただ難解にしたかったわけではなく、これも物語の中で意味を持ってきます。時間をおいて繰り返し見たい作品。というかとりあえずワーニャ伯父さんが読みたくなりました。本作の結論、ワーニャ伯父さんが最強。