「The Medium (タイ語:ランソン/Rangsong)=霊媒」は2021年のタイのホラー映画です。韓国プロデュース作品で、「哭声/コクソン」のナ・ホンジン監督の原作を、俳優兼脚本家のチャンタウィット・タナセーウィーが脚本化、「心霊写真」「愛しのゴースト」のバンジョン・ピサヤタナクーン監督が演出しました。チャンタウィット自身もホラー映画主演経験があり、またホラー映画の脚本も書いているので、韓国側と合わせホラー映画のドリームチームといった趣です。
物語は、タイ東北地方 (イサーン) のある町で、先祖代々 "バヤン神" をその身体に宿してきたシャーマン (霊媒師) の家族に起こった異変を、フェイクドキュメンタリー形式で追うものです。
まずカメラは、現在バヤン神を宿している女性ニムに密着を始めますが、ほどなくニムの姉ノイの夫が病気で亡くなったため、ニムは葬儀にかけつけました。
ニムとノイの関係はぎくしゃくしています。その昔、二人の叔母からバヤンが受け継がれる時、最初はノイにその兆候 (幻聴や腹痛など) が現れたのですが、ノイはそれを拒絶、キリスト教に入信することで回避しました。しかしその結果、妹のニムがバヤンを宿すことになってしまったのです。
ノイはその後ヤサンティア家に嫁ぎますが、この家では不思議と男性ばかりが望まぬ死を遂げていました。祖父、父、ノイの夫、そしてノイの息子マイクも数年前に事故で亡くなっています。
葬儀場でニムは、ノイの娘ミンが見せた不審な言動に違和感を覚えました。そしてこれが、恐ろしい物語の幕開けだったのです。
Wikipedia英語版に詳しいあらすじが載っているのでストーリーの詳細は省きますが、ミンが何者かによってどんどん精神と肉体を蝕まれていく様が非常に痛々しいです。ここが本作の最大の見所。
ミンを演じた Narilya Gulmongkolpech (Yada) は撮影前に体重を4~5kg増やし、その後は終盤に向けて10kgも体重を落としていったそうです。実際、背中をあらわにするシーンでは背骨がくっきり浮かび上がっていて、凄惨な迫力を醸し出していました。(この過酷なダイエットは専門家の指導のもとで行われたそうです)
作品全体の印象は、タイ映画としてはかなり異質だということ。韓国映画界のグローバルプロジェクトのひとつだそうですが、韓国映画を含めたホラー映画定番のフォーマットを目一杯つめこんでいます。しかし逆に、タイの風土を活かした演出、物語のローカライズは十分にはできていないのかなあとも思いました。
まずこうした事態において、お寺ではなく教会あるいはインドっぽい邪教的なものに頼ることは、タイではなかなかありません。また、ミンの変貌の描写も、男性との行為を映したり、自らシャツを破り胸をあらわにするなど、従来のタイ映画ではあり得ないもの。近親相姦とか犬食文化をわざわざ取り上げたのもなんだかなあ。
言ってみれば革新的なタイ映画なのですが、最初のプロット (バヤン) や新たに出てくる伏線的なものは次々置き去りにして、恐怖というよりショッキングで不快な描写がどんどんエスカレートしていきます。祈祷・まじないのセッティングも、いかにも美術さんが考えましたという出来栄え (良くも悪くも見栄えが良い)。
先祖が犯した罪のカルマというタイっぽい設定も出てくるのですが、もはやバヤンはどこに行ってしまったのという感じ。そもそもニム、途中でひっそりと死んでしまうし。終劇の後にとってつけたように生前のニムの独白 (バヤン信仰への疑問) を入れたりしていますが、結局プロットを消化しきれていないように思いました。
クライマックスはかなり無理矢理な盛り上げ感&カオスです。緊張の壁を超えて、ただただ滑稽になってしまっている感じ (ホラーと笑いは紙一重とは言うものの)。ミンがそうなるのはまあいいですよ、流れもありますから。でも周りのみんなまで・・・、まあいいや、止めておこう。
ということで、なかなか評価に困る作品。グローバルな視点で見たら、東南アジアのシャーマニズムや呪詛などの土着信仰を、微エロとグロを織り交ぜてごった煮にした刺激的な作品と言えるかもしれません。
フェイクドキュメンタリーとか夜間監視カメラに映るおぞましい姿とか、異国風の謎の儀式とかカニバリズムとか、世間的に受けそうな要素が満載です。たぶんホラー映画としては60点くらいの及第点はあると思います。
でもタイ映画として考えると、うーん、個人的にはなんとも言えないですね。残念な点が多すぎて。しかしそれでも、主演女優を筆頭に演者・スタッフのがんばりは大いに評価できます。今までのタイ映画にはないものを作ろうという熱意が十分伝わってきました。
タイでは10月28日に公開され、映画館の座席情報を見ると週末もだいぶお客さんが入っているので、きっとヒットすると思います。世界に出した方がもっとウケるのかなと個人的には思いますが。
■タイのホラー映画レビュー
・ナンナーク (1999年)
・アイ (2002年) *タイが舞台の香港映画
・ブッパー・ラートリー/609 (2003年)
・心霊写真 (2004年)
・ラートリー・リターンズ (2005年)
・アローン (2007年)
・カミングスーン (2008年)
・フォビア (2008年)
・フォビア2 (2009年)
・人肉ラーメン (2009年)
・愛しのゴースト (2013年) *コメディ
・オーマイゴースト (2013年) *コメディ
・カルマ (2015年)
・プロミス (2017年)
・ナキー2 (2018年) *伝奇
・祟り蛇ナーク (2019年) *コメディ
・インヒューマンキス (2019年)
・Cracked (2022年)
・Haunted Universities 2 (2022年)
・SLR (2022年)
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・タイ映画の邦題寸評
※The Mediumは「女神の継承」という邦題で2022年7月29日から日本公開