A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

フリーランス(タイ映画)

「フリーランス (Heart Attack)」は2015年のタイのドラマ映画です。仕事をこなすため数夜にわたる徹夜も厭わないフリーランスが、激務の果てに発疹を発症し、その診察のため通った病院の医師に密かに恋をする物語。

* * *

ユーン (Sunny Suwanmethanon)
写真加工を得意とするフリーランスのグラフィックデザイナー 、仕事の虫、徹夜は5日まで可能、趣味なし、彼女なし、友人なし、土日まったく関係なし、好物はセブンイレブンの海老シュウマイ、電話の着信はほぼジェーのみ

ジェー (Violette Wautier)
広告代理店の女性マネージャー、ユーンの腕を信頼しもう何年も仕事を発注、ただしスケジュール管理は厳しく、ユーンが納期を守れそうにないとすぐさま代わりを探し出す、物語の途中で結婚し退職

イム (Davika Hoorne)
徹夜続きで体中に発疹ができたユーンが駆け込んだ公立病院の若い女医、ユーンを1ヶ月に1度診察、ユーンには友人として生活改善を諭す

* * *

最初は、映画ポスターから想像して、ユーンが心臓発作 (Heart Attack) で倒れ入院した先でイム女医と恋に落ちるのかなと思っていたのですが、観ていて段々、そういうことではないんだなとわかってきました。

イムは重要な役柄ではあるものの、登場時間そのものは短かく (診察は1ヶ月に1度)、心の交流もなかなか進みません。一度、自身の診断ミスから患者になじられ落ち込んだイムを、ユーンが診察後に励ますというやりとりはありましたが。

逆に、長年に渡るビジネスパートナーであるジェーとの関係描写はとても丁寧。もしかしてこっちが友情以上に変わるのかなと思っていたら、途中でジェーは彼氏のプロポーズを受けてしまいました。もともと彼氏がいたことはユーンも知っていましたが、結婚を決めたことには驚いた様子。

さらに妊娠したから仕事も辞めると聞いて、すねたような態度のユーン。ずっと一緒にやっていくと言ったのにと、少し言葉を荒げてしまいました。後任には伝えるから仕事は心配しないでと言うジェー。しかしどんなに優秀な人だってジェーの変わりにはならないんだと悲しそうに吐き捨てるユーン。

謝るジェーに対して、謝るのは自分の方だと詫びるユーン。いつかこんな日が来ることはわかっていたけれど、自分はうまく対処できると思っていたのに、実際には感情的になってしまったと。そしてひとつお願いをします。仕事でなくても時々は電話してほしいと。

その晩、彼氏との写真をもっと見栄え良くしてくれというジェーの注文どおり、ニキビを消したり胸を少し大きくしたりしていた際、ユーンはファイルの中からジェーが彼氏からプロポーズされた時の動画を見つけました。動画を観ながら、彼氏がプロポーズした瞬間、「ここで泣いたりしたら蹴ってやるからな」とつぶやくユーン。

しかし動画の中のジェーは、「ごめんなさい、泣かなくて」と言いながら冷静にプロポーズを受け入れました (嬉しそうではある)。それを観て、逆にユーンは自然と涙がこぼれるのでした。たぶん、失恋という感情ではなく、ジェーが幸せになったのが本当に嬉しかったのか、でもちょっと寂しかったか。

それからユーンは完全に失業状態。しかしリラックスした日々を送ることで、発疹もすっかり癒えました。治ったということはもうイムには会えないということなので、ユーンは最後の診察ではちょっと複雑な心境から、イムが完治おめでとうと差し出した握手を拒んでしまいました。

その後ユーンは、業界では悪評が絶えないペンの無茶な発注を引き受け、徹夜が続きまた身体中に発疹ができましたが、それでもなんとか納期を守ろうと無理をして、ついに徹夜12日目に心臓発作で倒れてしまいました。

ユーンは遠のく意識の中で、自分の葬式をイメージしていました。来てくれるのはジェー、馴染みのコンビニ店員ガイ、ポンサトーン (最近彼の身内の葬式に行った)、母親の4人だけ。イムが来てくれるかはわからないけれど、握手しなかったことを謝りたいなとつぶやきました。友人としてもっと話をしたかったとも。

ユーンは締め切りの催促に来たペンに発見され、気がつくと病院のベッドで寝ていました。ペンはあと2枚なんだからここで仕事を完了しろとユーンに迫り、ベッドの上にパソコンをセットしましたが、ユーンはそれを断りました (ペンは悪態をついて出ていった)。

お見舞いに来たジェーは、仕事は探してあげるから心配するなと言い、二度と無茶はしないでと優しく告げました。まだユーンのベストフレンドでいたいから、とも。ちなみに、入院のパートにイムは一切出てきません。病院も違ってそう。

退院後しばらくして、ユーンはもう一度イムに会うため病院を訪れました。イムはユーンのことをただの患者の一人ではなく、友人として接していたと言いました。だから握手を拒否されて悲しかったし、病気が治ったからもう二度と会えないと思っていたと。

ユーンは、イムの勧めに従ってビーチに行ったこと、何時間もビーチに座って時間の無駄だと思ったけれど、いつもより呼吸が楽で何か幸せな気持ちになったことを伝えに来たんだと言いました。その気持ちは、ここで診察を受けていた時も同じだったことも。

そう言ってからユーンが手を差し出すと、二人はしっかり握手を交わすのでした。しかしユーンの手には12日間の徹夜により再び現れた発疹が。イムは1ヶ月後の予約票を渡しながら、「1ヶ月後に会えないことを祈ります (病気が治っていたら来なくて良いので)」と笑いながら言いました。こちらも笑顔で出ていくユーン。

そうして映画は終わるのですが、うーん、これはちょっとパッケージ詐欺? 関係性と登場シーンでいえばジェーの方がはるかに濃厚だし、イムはヒロインというよりピンポイントでユーンの心の支えになっているマドンナ的役回りです。よく言ってダブルヒロインですね、ジェーとイムの。

映画のテーマは、仕事人間だったユーンが徐々に他人との関係性に目覚めるということなのかなと。同じく仕事人間だったジェーが、結婚という新しい世界も悪くないとユーンに言ったシーンは、じんと来ました。たぶん二人は似た者同士すぎて、恋愛関係にはなり得なかったんでしょうね。

ジェーによって考え方が少しずつ改まり、イムによって新たな世界 (恋愛というユーンにとって未知の領域) に一歩踏み出すユーン。ちょっとまどろっこしいくらいですが、そうした心の変化を丁寧に描いていて、とても良くできた人間ドラマだと思いました。

f:id:ishigaki10:20210508124850j:plain