A Dog's World 

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千夜一夜物語の美女たち

千夜一夜物語

アラビア語名は「アルフ(千)・ライラ(夜)・ワ(&)・ライラ(夜)」、別名「アラビアンナイト」。インド説話をササン朝時代にパフラビー語で集録した「千物語(ハザール・アフサーナ)」が、8世紀後半にバグダッドでアラビア語に翻訳され、やがてイスラム思想に染め上げられ「千夜(アルフ・ライラ)」と呼ばれるようになりました。現存する最古の写本は879年のものです。12世紀には現在のアラビア語名になり、初期はバグダッドを中心に、その後はカイロでさらに多くの説話が加えられ、16世紀初頭には現在の形を整えたと言われています。

18世紀初め、フランスのA.ガランが初めてヨーロッパに紹介して以来、世界名作文学のひとつとなりました。メルヘン、ロマンス、逸話、旅行談、教訓談、寓話など様々なジャンルの数百もの物語を含み、千編以上の詩がちりばめられています。アラジンと魔法のランプ、アリババと40人の盗賊、船乗りシンドバッドは、誰でも一度は読んだことがあるのではないでしょうか。これらの物語は子供向けに翻案され、小学校の図書館にも並んでいるほどですが、実際のアラビアンナイトは、もっとアダルトな雰囲気が濃厚な、大人のための物語集です。

手元にある昭和26年発行の「アラビアンナイト(河上徹太郎訳/新潮文庫)」は、全編の中でもっともアラビアンナイトの特徴を、あるいは本性を色濃く反映した恋愛物語5編が収録されています。どの物語も、心身ともに美しい美男美女が出会い、いくつもの波乱と障害を乗り越え、最後には結ばれ大団円となるものです。その中から、美女の描写をいくつか抜き書きしてみます。これを読むと、アラビアンナイトがいかに大人向けの物語であるか、また当時の中東における美女の基準が何であったのかが良くわかると思います。

優しき友 「優しき友とアリ・ヌゥルの物語」より

優しき友 (アニス・アル・ジャリス) は、ただ、まっすぐな見事な乳房を持ち、褐色の瞼をしていて、眼は夜のごとく、豊かでなめらかな頬を持ち、細くて笑窪がほのかに笑いかけて影をなしている顎を持ち、腰はふっくらとしていて頑丈そうで、胴体は蜜蜂のようにほっそりとし、重々しく堂々たる尻をした、姿良き乙女であった。彼女はあまり類のないより抜きの布で作った衣装を着ていた。彼女の唇は一茎の花、そして唾液は清涼水よりも甘く、唇はニクズクの実よりも紅く、身体全体は柳の小枝よりもなよやかだった。そしてその声に至っては、微風のうたう歌よりも旋律に満ち、庭の花々の上を香り高く吹いてゆく微風よりもなお心良きものだった。彼女はあらゆる点から見て、彼女を描いた詩人の次のような詩にふさわしかった。

その肌は絹のように柔らかく、
話すや水の如くなよやかに、
声は澄み安らぎに満てり。
その眼こそ、アッラーの神が
「かくあれかし」と言えるが如かりき。
まことに神の創りし業なりき。
その伏せし眼差しの人の心をかき乱すこと、
酒も酵母も及ばず。
おお、彼女を愛するということは。
夜深く彼女を想えば、
我が心乱れ、我が身は燃ゆ。
我はかのぬばたまのみどりなす髪を想い、
暁のように輝く額、
朝をひらくものを想うなり。

大臣ファドレディンに黄金1万ディナールで買われた美しい奴隷「優しき友」は、王に差し出される前に、大臣の家で10日間を過ごすことになります。そこで、休息を取るとともに、さらに美しく磨かれるのです。

優しき友は大臣の同じ館の中にあるトルコ風呂へ行った。可愛い奴隷たちはあらゆる技術をかたむけて人生最上のものたる湯浴みをさせた。四肢全体と髪を洗った後、奴隷たちは按摩をし撫でさすり、焼き砂糖の練り物で注意深く毛を抜き、髪には麝香の香り高い柔らかい香水を注ぎ、手の指や足の指の爪は指甲花で色どり、睫毛と眉はコール墨で長くし、反魂香と龍涎香とを香鍋で足にたきこめ、かくて皮膚の隅々まで密かに香るようにした。ついで奴隷たちは、オレンジとバラの花の香りのする大きな手拭いを彼女の身体にうちかけ、たっぷりとした厚い布で髪全体を締めつけて、トルコ風呂から出て彼女のためにしつらえられた部屋に連れて行った。

優しき友は奴隷と呼ばれていますが、彼女を育てた所有主は、大臣に次のようなことを言っています。

私はこの子に勘定は度外視して様々な教師をつけました。彼女は美しい習字法やアラビア語とペルシャ語の規則や文法、構文法、聖典の解説、神聖なる律法の定めやその始源、法律学、道徳論と哲学、幾何学、医学、土地台帳の作り方などを知っています。しかし彼女がもっとも優れておりますのは、詩学と実に様々な楽器の奏し方と歌と踊りでございます。それに彼女は詩人物語作者のあらゆる書を読みました。そしてそれらすべては、彼女の性格と情操をより美しくすることだけに役立ったのでございます。

知識と教養を併せ持つ見目麗しい美女でありながら、奴隷として男性に所有されるというフェティッシュな設定は、アラビアンナイト全編を通じてたびたび見られるものです。当時の男性諸氏の妄想を大いにかき立てたことは想像に難くありません。優しき友は、この後美男の誉れ高いアリ・ヌゥル(大臣の息子)と結ばれてしまい、そこから波乱の物語が始まります。アリ・ヌゥルは美男だけれどダメ男といった風体で、最初から最後まで主役は彼女の方でした。

満月姫 「カマラルザマンと、月の中で最も美しい月であるブードゥル姫の物語」より

(注:原典では "バドル・アル・ブドゥール=満月の中の満月" 姫です)

この物語の主役は、カルダン国の王子にして女嫌いのカマラルザマンと、中国の辺境ガイウール国の姫にして男嫌いのブードゥルです。ある日、あまりに結婚を拒む王子を戒めるため、カルダン国王は彼を古い塔の中に幽閉します。その夜、塔の井戸の奥底から現れた妖女マイムーナは、彼の美しさに目を奪われます。たまたま通りかかった卑しい妖精ダーナッシにそのことを告げると、ダーナッシは今し方見てきたガイウール国の美しい姫のことを語るのでした。

その髪の毛は焦げ茶色で濃いこと、友達たちの別離よりさらに暗闇です。そして三つ編みにされた髪が足の先までピンと垂れ下がっているのを見ると、三つの夜を一時に見る心地がします。

その顔。それは友達同士の再会の如く白く、満月が輝いている時見たら、二つの月を一時に見る心地がします。

その雨の頬は双頭花のアネモネ、その丸みの紅さはブドウの真紅さながら、そしてその鼻はより抜きの剣の刃よりもっと鋭く、もっと細いのです。
その唇は赤い瑪瑙と珊瑚、その舌、それをのばす時は、秘めたるおしゃべり、その唾はブドウの液よりもおいしく、燃えるような渇きをも癒やす。彼女の口はそんな口です。
しかもその胸は。創造主を祝福せよ。それは生きた誘惑物。最も清らかな象牙の二つの乳房、五つの指で握られる丸み。

その腹はエジプト人の秘書の封印のアラビア文字の如く調和良く散らばる陰のある窪みに満ち、その腹は柔らかな紡錘形の姿を生みます。あぁアッラー。それから、まぁ、その尻。その尻、あぁ、あぁ、身中が震えます。それは重量のある肉塊で、体が立ち上がろうとすると再び腰を掛けさせ、寝る時には再び立ち上がる。私は詩人の詩を借りるより他に、あなたに想像させる術を知りません。

彼女の後部は巨大にして、豪奢で、
それに続く胴体はより繊弱なるこそ望ましけれ。
それこそ我と彼女にとりて、
呵責なき責苦と感動の物体。
なぜならば、
彼女が起ち上がらんとすれば腰を下ろさせ、
そして我が逸物は、
それを考えるごとに起ち上がる故に。

彼女の尻はそんななのです。そしてその白い大理石から二つの栄光ある腿が分かれ、上の方で無造作に冠の下でひとつに合わさっています。それから脚と足は優しくて小さく、どうしてこれだけの重みが支えられるかと驚かされます。

その中点と骨盤は、マイムーナよ、本当に私はお話しする自信がありません。一方は全てであり、他方は絶対です。私の舌が今話せるのはこれだけがやっとで、身振りをまぜてもこの豪華さを味あわすことはできないでしょう。

卑しいダーナッシの言葉を信じることができないマイムーナは、彼に命じてブードゥルをカマラルザマンの元に連れてこさせます。しかしブードゥルを見たマイムーナは、彼女の美しさ、そして双子と見紛うばかりに似ている二人を見て驚きを隠せません。どちらが美しいかは、第三の魔物カシュカッシをしても決めることができなかったため、一人ずつ目を覚まさせ、どらがより相手に夢中になるかで判断することにしました。そして最初に目を覚ましたカマラルザマンは…。

カマラルザマンはまだ夢見心地で手を垂れると、丁度手は若い女の裸の尻の上に落ちた。この触感に青年は目を開いたが、たちまち目が眩んで、再びその目は閉じられた。そして自分の体にバターより柔らかな肉体を感じ、麝香より香しい息吹を感じた。あまりの驚きと不思議さに、ついに頭を上げて、この自分の傍らに眠る、未知の人の類無い美しさを観察し始めた。

そこで、布団の上に肘をつき、今まで異性に対して抱いていた嫌悪をうち忘れて、若い処女の完全な美しさに魅せられた眼で、しげしげ見始めた。彼は最初は丸屋根を頂いた城に比べ、次に真珠に、次に薔薇に比べた。彼は一目で正しい比較をすることができなかった。いつも女を観るのを避けていたため、その形にも優美さにもひどく無知だったからだ。が、やがて最後の形容が最も正確で、その前のが真実であり、最初のには自分ながら微笑を禁じ得なかった。

それでカマラルザマンは、その薔薇の上に屈んで、その肉体の香しい匂いをかぎ、そのあまりの良い香りに体の上に限りなく顔を近づけた。それがあまり気持ちが良かったので、「試しに触ってみたら!」と独り言を言った。そして指で、この真珠のあらゆる部分に触れてみると、この触感は彼の体に火を燃やし、彼の体のしかしかの場所としかしかの部分に、動きや動悸を引き起こした。彼は「全てはアッラーの思し召しによって来る!」と叫び、そして結合に身を構えた。

そこで、彼は若い女を抱いて考えた。「この女が下袴なしでいるとは、何と不思議なことだろう」 そしてあちらに伸ばしこちらに伸ばし、手で触れ、そして驚嘆して叫んだ。「アラーの神様、何という大きなお尻!」 それからお腹を撫でて「軟らかさの極致!」 それから両の乳房を試しに触れてみると、それは二つの掌にあふれ、彼は慄然として叫んだ。「アッラーの思し召しによって、上手にやるためにはどうしても彼女を起こさなくては。だがどうして、さっきから触っているのに目を覚まさないのだろう」

結局、カマラルザマンは最後まで事を終えることなく、再び眠りにつきました。この後、蚤に化けたダーナッシが、ブードゥルのへその下にある、谷の薔薇を見下ろす小丘の一番高い所を一刺しすると、痛さに目を覚ましたブードゥルは、同じようにカマラルザマンの美しさに驚きます。ブードゥルは一目で夢中になり、彼の目を覚まさせようと身をよじりますが、最後は、腿の間に見つけた瞬間ごとに形を変える物を両手で持ち、それに起こるべきことが起こると、再び眠りにつきました。

妖精のちょっとした戯れによって運命的な出会いを果たした二人でしたが、翌朝にはブードゥルはダーナッシによってガイウール国に戻されたため、二人が再び出会うまでにはいくらか時間が必要でした。

* * *

自分を溺愛する父王シャーラマンの手を逃れ国を旅立ち、ブードゥルと再会を果たしたカマラルザマン。幸福のうちに時間が過ぎますが、ある夜、涙で顔を濡らし悲しげに訴えかけるシャーラマンが夢に現れます。ブードゥルを連れて帰国を決意したカマラルザマンですが、道中、肌着でテントに横たわり眠るブードゥルを見て、うっとりしながら二編の甘美な詩を思い出しました。

汝、深紅の上に眠る時、
汝が明るき顔は暁の如く、
眼は海の碧空の如し。
ナルシスと薔薇をもって装われし御身の体は、
伸び伸びと立つ時も、
ほっそり横たわる時も、
アラビアに育つ棕櫚の木も敵うまじ。
宝石輝く汝が細やかなる髪の毛は、
重々しく垂れる時も、
軽く広がる時も、
いかなる絹もその自然の織りなしに敵うまじ。

眠れる人よ、
棕櫚がその葉を広げつつ、
光を吸う時は美しきかな。
真の時は息をひそめつつあり。
黄金の熊蜂は、
眩暈の中に薔薇の蜜を吸う。
御身は夢見る、微笑む、
もはや動かず…。
もはや動くな。
汝が薄き皮膚は、
透明なる露を反射して金粉を散りばめ、
棕櫚の誇る太陽の光は、
御身を刺し貫き、
おぉ、ダイヤモンドよ、
御身を中まで照らす。
あぁ、もはや動くな。
もはや動くな。
汝が胸を、
ふくれ上がりまた沈む海の波の如く息づかせよ。
おぉ、雪なす胸よ。
泡立つ浪と、
白き繭の如くに、
そを吸わん。
あぁ、御身の胸を息づかせよ…。
汝が胸を息づかせよ。
さざめく小川はそのさざめきを止め、
熊蜂は花の上にて羽音をひそめ、
我が瞳は、
汝が胸の柘榴色の二つの葡萄の粒に燃ゆ。
おぉ、我が瞳を燃えさせよ。
我が瞳を燃えさせよ。
幸多き棕櫚の下に、
汝が薔薇と白檀に浸け柔らげられし体の中に、
我が魂を花開かせたまえ。
孤独と静寂の歓びの中に。

カマラルザマンは飽きることなくブードゥルを見続けていましたが、そのうち、激しい情熱を感じ、彼女の下袴の絹の紐をほどきました。そして腿の熱い影に手を差しのべると、谷の薔薇の下に絹糸で結びつけられた紅瑪瑙の玉を見つけました。瑪瑙には不可解な呪文が刻まれていたので、テントの外に出て空にかざして見ていると、突然大きな鳥が襲いかかってきて、彼の手から瑪瑙を奪い飛び去ってしまいました。ここからまたも不可思議な冒険が始まります。

一人置き去りにされたブードゥルは、カマラルザマンに変装し旅を続けますが、エベーヌ島の都で若く美しい王女ハイアット・アルネフスと偽りの婚姻を交わします。ここから物語はしばらく、美女と美少女の妖しくも純粋な交歓を描写していきます。例えば、「…なおも二人は、戯れ言を言ったり、したりしたので、朝までにはハイアット・アルネフスはもう何にも覚えることもないように、その身の全ての繊細な器官の、これから果たすべき魅惑的な役割を会得した」

ちなみに、妖女マイムーナとダーナッシによる二人の出会いのくだりは、パゾリーニ監督の「アラビアンナイト」の中で映画化されています。なぜかエチオピア人の俳優で。これだけエチオピア人のヌードが見られる映画は世界にこの1本だけでしょう。アラビアンナイトの物語を知らずに映画を見たら、ただの三文ポルノにしか映らないでしょうけど (モザイクだらけだし、それもたまに外れてるし)、でも世界的に評価されている監督なんですよね。「ソドムの市」の監督だと言えば想像がつくと思いますが。

さて、物語はカマラルザマンとブードゥルの再会、そして彼女だけでなくハイアット・アルネフスもカマラルザマンの妻となって、大団円を迎えます。これを読んだ当時のアラブ人が「萌え~」と言ったかどうかはわかりませんが、 ひとつ確かなのは、ブードゥルのお尻が相当大きいということ、そしてそれは明らかに美人の条件だったということです。

心の力  「ガァネム・ベン・アユゥブとその妹フェトナァの物語」より

物語の題名が「兄と妹」なので、そっち系の禁断のストーリーなのかと思えばさにあらず。妹は最後にカリフ(教主)の妻にはなるものの、ほとんどストーリーには絡んできません。物語の主役はガァネムと、彼の心を奪うクゥアト・アル・クルゥブ(心の力)です。始めに恋に落ちたのは男。しかしある事情により女は拒みます。ある夜、ついに女は身の上を語り、これまで彼を拒み続けていた理由を明かします。すると、それを聞いた男は女に手を出せなくなってしまいました。ここから逆になんとか男を奮い立たせようとする女。しかし男の決意は固く神の名を称えるばかり。この逆転の妙。

偉大な商人の父を亡くしたガァネムは、母と妹のもとを離れ、遠くバグダッドに赴き商売を始めます。ある時、バグダッド郊外の町に葬式に出かけたのですが、夜半に戻ってくるとすでに町の門は固く閉ざされていました。夜盗との遭遇を恐れた彼は棕櫚の木によじ登り夜明けを待ちます。そこに現れたのは黒人の宦官3人。彼らは夜通し地面に穴を掘り、ついには担いできた大きな箱を埋めてしまいました。好奇心が抑えきれないガァネム。朝日が昇るのを待って箱を掘り出すと、その中にはひとりの乙女が眠っていました。乙女の姿は次のように描写されています。

この乙女は比類なく美しく、得も言われぬ微妙で穏やかな繊細な顔の色をしていた。彼女は金銀、宝石やあらゆる装身具で飾られていた。首には雅な宝石の象眼された金の首飾りをつけ、耳にはただひとつの見事な宝石の耳飾りを下げ、足の踝と手首には黄金とダイヤモンドの環をはめていた。これらは太守の全領地よりももっともっと値打ちのあるものに違いなかった。

ガァネムは乙女の美しさにすぐに夢中になりました。息を吹き返した後に事情を聞くと、何者かに命を狙われたとのこと。二人は相談し、周囲に気付かれぬよう、彼の家に移動しました。ガァネムの家に着いた乙女が部屋を見渡すと、そこには高価な家具や珍しい壁掛けがたくさんあり、またガァネム自身がとても美しい青年だったので、乙女もすぐに気を許し、「おぉ、ガァネム。おわかりでしょうが、私はあなたの前にいながらいささかも顔を覆ってはいません。けれども私はとてもひもじいのです。何か食べるものを持ってきてください」と頼みました。

ガァネムはさっそくスーク(市場)に出かけ、塩で焼いた子羊、バグダッドの菓子屋の中でも一番有名なハッジ・ソレイマンの店で最上級の菓子を一皿とハラウァ(バタービスケット)、アーモンド、ピスタチオを買い、他にもあらゆる果物、古い酒がなみなみとつまった瓶、それにあらゆる色の花などを買って戻りました。乙女は大変喜び、ここから次のように描写されています。

彼女は彼に微笑みかけ、彼を抱いて腕を彼の首に巻き付け、抱き寄せて甘い言葉をかけ、気も遠くなるようなことを数限りなく言い始めた。ガァネムは愛し恋しい情が皮膚と心臓に染みこんで来るのを感じた。そして二人は夜の帳の下りるまで食ったり飲んだりした。この間、ゆっくりと彼らは互いになじみ合い、愛し合うことができた。それに二人は同い年であり、また劣らずに美しかったのだ。夜がやって来た時、ガァネム・ベン・アユゥブは立ち上がって釣り蝋燭と大蝋燭に火を入れた。広間は蝋燭の光よりも二人の顔の輝きによってより一層明々と照らし出された。そしてガァネムは様々な遊び道具を持ってきて、乙女の傍らに座り、自らも飲み、また彼女にも飲み物を注いでやり、彼女の杯を満たしては彼女とともに飲み続け、また心楽しい数々の遊びをし、笑い、ひときわ熱く激しい唄を歌い、調べ高き詩を詠んだ。これらは二人が心心に感じていた情熱を一層あおり立てるばかりであった。ガァネムと乙女は暁の光の射し来るまで嬉しき戯れと饗宴を一刻も途切れさせなかった。やがて眠りが二人の瞼に重くのしかかってきたので、二人は互いの腕に抱き合って眠った。しかしこの日は二人に定まりをつけるようなことといっては何もしなかった。

翌日もガァネムはスークに出かけ、肉や野菜、花や果物や酒を買い込み、またも二人で腹一杯になるまで食べます。食事の後は酒を楽しみ、二人の顔が赤く火のように燃え上がり、眼がひときわ黒く輝いてきた頃、二人に次のようなやりとりが始まります。

「おぉ、我が姫よ。あなたを抱いて口吻することをお許しください。口吻が私の五臓六腑の熱火を冷ましてくれますように」 彼女は答えて、「あぁ、ガァネム。今しばらく待ってください。酔いが回り、もろもろの慎みと分別を私が失うまで。そうしたら秘かにあなたが私の唇に口吻することを許しましょう。あなたの唇が私の唇を吸うその時は、もう私は感じますまいから」と彼女は言って、いささか酔いが回り始めたので、立ち上がって身につけたものをみな脱ぎ捨てた。身にはただ薄い下着を、髪には金箔つきの白綿の軽いヴェールを残しただけで。これを見たガァネムは欲情に動かされて言った。「おぉ、私の愛しい人よ。今はあなたの口を味あわせていただけますでしょう?」 乙女は答えた。「アッラーに誓って!。まこと私がお許しできない訳は、ここにあるのです。愛するガァネムよ。私のカルソン(ズボン)の紐に、本当に生憎なことが書かれてあるのです。そして今それをあなたにお見せする訳にはゆかないのです」

ガァネムは狂おしい衝動にさいなまれます。乙女も情熱のあらゆるしるしを彼に示すのですが、しかし何ひとつ許してくれません。夜の帳が下り、蝋燭に火が灯されると、ガァネムは次のように心中を叫びます。

ガァネムは乙女の足許に身を投げ出し、美しい足に唇を押しつけた。彼女の足は乳のように、またできたての牛酪のように甘く融けるようだった。彼は頭を彼女の足の間に入れ、脛までも、またもっと上の方へ、そして素早く頭を腿の間に埋めて、香しく暖かく麝香や薔薇やジャスミンの香り高い肉をば味わい始めた。彼女はおとなしい牝鶏のように身体中の翼を震わせていた。物狂ったガァネムは、「おぉ、愛しい人よ。あなたの愛の奴隷、あなたの眼に征服され、あなたの身体で殺された者にどうぞ憐れみを。あなたさえいなければ、あなたさえおいでにならなかったら、私は心静かに安けらく暮らすでしょうに」と叫んだ。

ガァネムの願いも空しく、ある理由によってどうしても彼のものになることはできないと頑なに拒み続ける乙女。そしてこのような満ち足りない戯れ事が、1ヶ月も続いたのです。そしてついに、ガァネムはある行動に出ます。

* * *

ガァネムは美しい乙女との満ち足りない戯れ事に苛立たしさをつのらせ、ある夜、次のような行動に出ます。

夜々のうちのある夜、ガァネムは乙女の前に横になり、二人とも酒と満ち足らぬ興奮に酔っていたので、ガァネムは彼女の薄い下着の下へ手を伸ばし、そっと乙女の腹の上に滑り込ませて、震えるなめらかな皮膚を撫で始めた。そして水晶の杯のように口を開いているへそまでゆるゆると手を下げ、指で格好のいいこのひだをくすぐった。触られて乙女はぶるぶるっと身を震わせ、酔いから冷めて身を起こし、さっと手をカルソンにあてて黄金の房のついた紐でカルソンがしっかり結ばれていることを確かめた。これが彼女の気を安めたのだ。彼女は再び半ば眠った状態に戻った。するとガァネムはさらにこの素晴らしい身体の乙女らしい腹にそっと手を滑らせ、カルソンの紐に触った。突然彼は紐を解いて、至上の悦楽の庭が閉じこめられているカルソンを落とそうとぐっと引っ張った。

ここで乙女は目を覚まし、観念して身の上を語り始めます。カルソンの紐には、「我は汝のものにして汝は我のものなり。おぉ、預言者の叔父の後裔よ」 と書かれていました。つまり、この乙女はすでに嫁ぐべき相手が決まっていたのです。しかもその相手とは時のカリフ、ハルゥン・アル・ラシィド。乙女は彼の持ち物であり、乙女の唇の味、そして一体の神秘は彼のために保っておかなければならなかったのです。乙女の名は「心の力」を意味するクゥアト・アル・クルゥブ。幼い頃からカリフの宮殿で育てられた彼女は、その美しさと天賦の才で、いつしかカリフの目にとまるようになりました。そしてカリフとの婚礼が約束されると、これを快く思わぬカリフの妻ゾベイダによって、あやうく生き埋めにされそうになったという訳です。

これを聞いて、一人の信徒としてカリフを敬愛していたガァネムは、その身を引くことを決意しました。彼にとって彼女はもう聖なるものとなってしまったからです。逆に、これまでにさんざん行ってきた、乙女の皮膚に触れるという不埒な行為を思うと、身震いが止まりませんでした。落胆し、青ざめ、目を合わせようともしないガァネムに対し、乙女は彼を慰めようと次のように手を差しのべます。

乙女はガァネムに近づいて、彼を胸に抱きしめ腕を首に回した。彼女は彼を慰めようとありったけの手だてをつくした。ただひとつの事だけは除いて。けれどもガァネムは信徒の長の寵姫の数々の愛撫にはもはや応えようとはせず、抗いもせずに彼女のなすがままに任せていたが、彼の方からは接吻には接吻を、抱擁には抱擁を返しはしなかった。ちょっと前まではあんなにいきり立っていたのに、今は恟々しく相対するガァネムの、こんな急激な変化を思いもうけなかった寵姫は、愛撫と甘い言葉をいや増しに烈しくし、ガァネムの拒絶によって身内に燃えしきって来る熱い情熱にひときわ切なく応えさせようと、手を使って彼を唆そうとした。しかしその間中、ガァネムは何事も聞くまいとした。

なんだか、乙女の態度が変わってきました。それまでは一方的に受け身だったのに、今度はガァネムを積極的に誘っているようです。夜が明けると、ガァネムはこれまでの日々よりもっと豊かにあらゆる物をスークで買い求めます。なにしろ相手はカリフの寵姫なのですから。家に戻ると、乙女の誘惑はさらに激しさを増していました。

彼が部屋に入って来るや否や、乙女は彼の側に近寄ってやるせなげに、情熱のために黒く欲情に濡れた眼をして身をすり寄せてきた。そして唇をほころばせて言った。「アッラーに誓って。何と手間取ったことでしょう。あぁ、私の愛する人。あぁ、我が心の渇望の的よ。あなたが今お留守になさった時間は1時間などではなくて、本当に1年でした。今はもう私は堪えることができないことがよくわかります。私の情熱は烈しくなりまさり、どうにも抑えられません。燃えしきっています。あぁ、ガァネム。さぁ、私を抱いて。抱いて!。あぁ、ガァネム。私は死にそうです!」 けれどもガァネムは、やさしく彼女を押しのけて言った。「おぉ、我が主クゥアト・アル・クルゥブ。アッラーよ、我を護りたまえ。いけません、断じて。犬がどうして獅子の位を奪うことができましょう。主のものは奴隷に属するべからずです」 そして彼は彼女の腕から逃れ出て、片隅へうずくまってしまった。

このようにうなだれるガァネムを、彼女は腕ずくで横に座らせ、昨日までと同じように一緒に食事をとりました。彼が酔うまで酒を飲ませ、彼に身を投げかけると、自分でも知らぬ間に彼の身体にしがみついていました。彼女は恋心が打ち砕かれたと詩を詠い、それを聞いて涙するガァネムとともに涙を流しました。夜の帳が下りると、ガァネムはふたつの床を支度しました。それを見て、彼女は思わず声を振り絞ります。

「あぁ、愛する人よ。そんな時代遅れな道徳は遠くへうっちゃりましょう。過ぎゆく逸楽を楽しみましょう。逸楽は明日はもう遠くへ去り果てましょうから。それに何よりも、起こるべきことはきっと起こるのです。運命に記されたことはいかにしても遂げられるのです。アッラーに誓って、一緒に寝なかったらこの夜は決して過ぎ去りはしないでしょう」

しかしガァネムは「アッラーよ、我を護りたまえ」と言った。

彼女は再び言って、「来て、ガァネム。私は我が身の全てをあなたに開いています。私の欲情はあなたを呼び、あなたに叫びかけています。あぁ、ガァネム。私のお腹の、この花咲ける唇と、あなたの望みによって熟したこの身体をまとってください!」

ガァネムは言った。「アッラーよ、我を護りたまえ」

彼女は叫んだ。「あぁ、ガァネム。私の皮膚は隅々まであなたの望みに潤み、私の裸身はあなたの口吻を待ち受けている。あぁ、ガァネム。私の皮膚の香りはジャスミンよりもひときわ高い。触れて味わって! 酔って頂戴!」

なんとも激しい誘惑です。しかしガァネムの態度は変わりませんでした。このようなやりとりが、なんとその後1ヶ月も続いたのだそうです。ガァネムとクゥアト・アル・クルゥブは数ヶ月を一緒に過ごしますが、ついにカリフに探し出され、二人が密通したと勘違いし激怒したカリフによって彼女は牢獄へ、彼は一切を剥奪され国を追われました。この後いろいろなストーリーが展開し、最後にはカリフの誤解が解け、二人は結婚、さらにガァネムの妹フェトナァもカリフと結婚し、めでたしめでたしとなり物語は結ばれました。

ここでふと、疑問が浮かびます。クゥアト・アル・クルゥブは、実は希代の悪女ではないかと。最初はガァネムが求める者であり、彼女はそれを拒む者でした。上下関係で言えば、完全に彼女の方が上の立場。自分に対して激しく欲情する男を軽くいなすという優越感に、この上ないほどの快感を感じていたことは間違いありません。しかし、彼女が自分の素性を明らかにすると、急に男はそれまでの態度を一変させ、一切何も求めなくなりました。

その後の台詞回しから、この日を境にクゥアト・アル・クルゥブが求める者に変わり男が拒む者に変わった、つまり立場が逆転したようにも見えます。しかし、そう考えるのは早計でしょう。なぜなら、彼女は知っていたからです。どのように露骨に誘惑しようとも、もはや男は自分に触れることさえできないことを。その上で、ひときわ激しく誘惑する。男はますます悩み、もだえ、苦しむ。こんな哀れな男の姿を見て、心の中で高らかに嘲笑を浴びせかけていたのではないでしょうか。男の我慢の限界ギリギリを見事に見切って素性を明かしたタイミングも、全てが計算し尽くされていました。

クゥアト・アル・クルゥブがガァネムと過ごした数ヶ月間は、彼女にとって夢のような日々だったでしょう。そしてここでしっかり女王様と奴隷という関係性ができあがってしまったのではないでしょうか。そんな二人ですから、きっとずいぶん甘美な結婚生活を送ったに違いありません。(←妄想デス)

エメラルド 「美しきズムルゥドとアリシャールの物語」より

エメラルド(ズムルゥド/ズムッルド)という美しい名を持つ女奴隷を主人公とするこの物語は、ストーリーを追っていくと、そこにアラビアンナイトの恋愛ものでは典型とも言える王道パターンを持っていることがわかります。以下、あらすじ。

昔、ホラサーンの国に、非常に金持ちな商人がいた。商人には満月のように美しいアリシャールという息子がいた。商人はほどなく他界するが、悪友に誘われ放蕩三昧のアリシャールはあっという間に無一文になってしまった。ある日、美しき女奴隷ズムルゥドが市場で競りにかけられていた。詩人は彼女を次のような詩で言い表している。

狂いなき美の鋳型より
かの乙女出で来りぬ
身の釣り合いは比ぶものなし
大きからず小さからず
肥えすぎず痩せすぎず
いたるところまろやかに
整いて気高き顔かたちをば
透かし見さする軽きヴェールは
ひときわ引き立たせ
美、みずからもまた
その面影に憧れたらむ
月代はその顔かたち
なよなよと波打つしなやかなる小枝は
その髪にして
麝香の高き香りは
その息吹なり
かの乙女こそ
溶け流れたる真珠にて作られたりと人言わん
かの四肢は月代のごとき
顔を映すがほど滑らかに
月そのものにて作られたりとしも見ゆるなり
されどいずこに
かかの光の奇跡を語りうる言葉あらん
かの輝くばかりなる臀部をば…

ズムルゥドの競りが始まると、値段はたちまち千ディナールに達した。しかし、主人を決めるのは美しく賢き女奴隷ズムルゥドである。並み居る男たちの申し出を、ズムルゥドは痛烈な詩でもってやりこめた。そしてその場に居合わせたアリシャールを、自らの主人と決める。彼が無一文であることを知ると、ポケットから千ディナールを取り出し、これで払うようにアリシャールをうながした。

アリシャールの家で、ズムルゥドはダマスカスの深紅の絹を用いて見事な刺繍を作った。アリシャールはそれを毎日市場に売りに出かけ、二人は着実にお金を貯めていった。ある日、よそ者に刺繍を売ってはいけないというズムルゥドの忠告を無視して、アリシャールは見知らぬ青い眼のキリスト教徒バルスゥムに刺繍を売ってしまった。

バルスゥムはアリシャールの家に乗り込み、まんまとズムルゥドをさらっていった。親切な人の手助けで、ズムルゥドの救出は成功するはずだったが、肝心のところでアリシャールは居眠りをしてしまい、ズムルゥドは今度は怪力の強盗ジバンにさらわれてしまった。ズムルゥドを一緒に犯して楽しもうと、40人の仲間を呼びに行くジバン。

捕らわれた洞窟の中で、ズムルゥドは監視係の老婆に、頭についた虱を捕ってあげると言い油断を誘う。虱を捕り髪をすいてあげると、案の定、あまりの気持ちよさに老婆は眠りに落ちてしまった。彼女は男物の服に着替え洞窟から逃げ出すと、10日間も砂漠をさまよった末、ようやくある都にたどり着いた。

都の城の前には人々が集まり、ズムルゥドの到着を固唾を飲んで待っていた。彼らに何をしているのかとたずねると、その都の君主は子をもうけず亡くなったため、最初に都の前を通った者を新たな君主に迎えることを決めたのだと言う。そして、今日からズムルゥドが王であると告げられた。

男装していたズムルゥドは女であることを隠し、その都の治世を行った。まず、蔵の奥深くにしまわれていた蓄えを取り出し貧しい人々に分け与えた。宮中の人間にも数多くの贈り物をし、さらに税金を廃止、囚人を放免してやった。新しい王は身分の上下を問わず誰からも人気を得た。王様は後宮にも入ろうとしない純潔な魂の持ち主だと賞賛された。

ある日ズムルゥドは、ちょっとした思いつきを実行に移した。大きな天幕を張り、民衆のために大規模な宴を催したのだ。すると、ズムルゥドをアリシャールの元からさらった青い眼のキリスト教徒バルスゥムが現れた。彼はクリーム入りのご飯が盛られた大皿を独り占めした。ズムルゥドは一目で敵であることを見極め、彼を捕らえた。彼の嘘を見破り、過去の罪状をあばくと、生きたまま皮をはぎ死体を野にさらした。

二度目の宴では、強盗ジバンがやって来た。またもクリーム入りのご飯が盛られた大皿を独り占めしたところを、ズムルゥドは宦官に捕らえさせた。そして浅はかな嘘を見破り、罪をあばくと、同じように生きたまま皮をはぎ死体を野にさらした。人々はあんなに温厚だった王が豹変したことを恐れた。そしてクリーム入りご飯は不吉であると口々に噂しあった。

三度目の宴では、もうクリーム入りご飯に手を伸ばそうとする者は誰もいなかった。そこにやって来たのは、バルスゥムにズムルゥドをさらうよう命じた兄のラシデッディンだった。一月前にズムルゥドを探しに出かけたまま戻ってこない弟を探すため、あたりをさまよっていたのだ。彼もまたクリーム入りご飯を食べ、嘘を見破られ、そして処刑された。人々は、もうクリーム入りご飯は一生食べないと心に誓った。

一方のアリシャールはというと、ズムルゥドを失った悲しみで体をこわし、優しい老婆のもとで一年間ずっと看病されていた。老婆に勇気づけられ、ようやくズムルゥドを探す気力を取り戻すと、土地を離れ、いつしかズムルゥドの都にたどり着き、そして彼女が催した四度目の宴の席に偶然飛び込んだ。彼が不吉なクリーム入りご飯を食べ始めると人々に緊張が走ったが、意外にも王の言葉は優しいものであった。

ズムルゥドは一目でアリシャールのことがわかったが、彼はまったく気がつかなかった。王のはからいでトルコ風呂を浴びた後、王の部屋に呼ばれても、まだズムルゥドであることがわからない (ズムルゥドもわざと男性の声色で話しかけていたのだが)。王の足を按摩しても、その色の白さと柔らかさにただ驚くばかりであった。終いには、ズボンを脱いでうつぶせになれと王に命令され、やけくそになってそうするアリシャール。

彼の背中に乗ってぴたりと体を合わせてきた王様。しかしアリシャールの予想に反し、それは妙に軽やかでビロードのように肌触りが良く温かい、すべすべしていてまろやかなものだった。それに梨でも触るようにむっちりとして引き締まっていた。王はそのようにして一時待っていたが、すぐにアリシャールの背中から下り、彼の側に体を横たえた。

アリシャールは「アルハムドリッラー!(アッラーに讃えあれ)、アッラーは王様の逸物を立たせられなかったのだ」と安心した。ズムルゥドは王の声色で「私のものは指で揉んでくれなくては立たんのだ、そうしないと命はないぞ」と脅し、彼の手をくだんの場所に導いた。

アリシャールが触ってみると、王座のように高まった丸いもの、それでいて雛鳥のように脂ぎり、鳩の喉よりも熱くて情火に燃えあがった、心臓よりももっと燃えさかったものを感じた。その丸いところは、すべすべしていて白く、妙に湿り気をおびて広々としている。と、突然鼻を刺された騾馬のようにぴくぴくと反り返るものを感じた。

「この王様は裂け目を持っている!。これはあらゆる不可思議中の不可思議だ!」 こうと知ってしまうと、突如として彼の逸物は立ち上がり始め、隆々天をつく形になった。ズムルゥドはこの瞬間を待っていたのだ。「懐かしいご主人様!」そう叫んで正体を話して聞かせると、アリシャールは有頂天になって喜び彼女を抱きしめた。

二人は熱い抱擁を交わした。愛撫には愛撫を返し、手を変え品を変えた嬌態媚態。隆々たる牧杖は嚢中に沈み、小路の狭さもかいくぐってぐいぐい進んだ。そして道の行き詰まりまで行くと、この門の門番にして壁籠にこもった坊主は、長い間まっすぐに固くなったままじっとしていた。この後二人は、部屋の門番が怯えるほど声をあげながら、愛を確かめ合った。

翌朝、ズムルゥドは王の衣装をつけなおし、アリシャールと二人で都を去ると人々に伝えた。人々は金銀宝石衣装やその他の豪華美麗極まりないものでたくさんの箱を満たし、駱駝の背に積み上げた。支度が整うと、ズムルゥドとアリシャールは一瘤駱駝の背に設えられたビロードの輿に乗り、ホラサーン国に帰っていった。そしてたくさんの子供をもうけ、幾久しく生きたのであった。

* * *

とまぁ、こういうストーリーです。美男美女、善人悪人、知謀奸計、美食贅沢、冗談猥談。娯楽要素をこれでもかと詰め込み、さらに合間合間に挿入される色とりどりの詩によって、物語はその輝きを増していきます。こんなストーリーが千年前に創作され流布していたことには驚きを禁じ得ません。しかも、今読んでも面白いのですから。いつか、アラビアンナイトを原書で読んでみたいものです。

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