A Dog's World 

~海外で暮らす・日々の記録・旅の記憶~   

サウジアラビアのイスラーム

バレンタインで逮捕される国

『バレンタイン直前のサウジ、赤色の関連品すべて禁止』(2008.2.12 CNN)

イスラム教発祥の地サウジアラビアで、宗教当局がバレンタインデーを前に、各商店に対して、赤いバラや赤い色の贈り物、赤色の包装紙など、バレンタインに関連する品々すべてをすべて撤去するよう指導している。地元紙などが2月11日、伝えた。

あるイスラム教学者は、同日付の英語紙サウジ・ガゼットに対し、「イスラム教徒として、イスラム教以外のお祭りを祝うことはできない。特にこういった行事は、結婚前の男女が関係をもつという、ふしだらな行為を助長するものだ」と、バレンタインデーを強く非難している。

サウジアラビアでは毎年、純潔推進・悪徳追放委員会が、バレンタインデーの2月14日を前に各商店に立ち入り、赤いバラや赤い包装紙、ギフト用ボックス、テディベアなどの撤去を命じるほか、バレンタインに関連する品々を押収している。

同委員会の「監視」により、赤いバラは一般店頭から姿を消し、闇市場で取り引きされている。通常はバラ1本当たり5サウジリヤル (140円) 程度だが、バレンタインデーの当日には闇市場で30サウジリヤル (850円) まで高騰する。

イスラム教保守派の力が強いサウジアラビアでは、法律上も女性にだけさまざまな制限を課していることから、国連は同国内で女性差別が根強く残っていると報告している。

例えば、起業しているある女性は今月、英国タイムズ紙に対し、男性の同僚とコーヒーショップで会議を持ったというだけで、宗教警察に拘束された上に、衣服をはぎとられて取り調べを受けたと告白した。

また、2年前には、19歳の女性が親類関係にない男性と一緒だったところを見た男7人が、この少女を強姦したが、サウジアラビアの司法当局は、男を罰せなかったばかりか、少女に対してむち打ち刑と禁固6月を言い渡し、国際的な批判を浴びた。

その後、少女は恩赦を受け、男7人には禁固2─9年が言い渡されたが、サウジアラビアの女性に対する圧力を世界に知らしめた事件となった。

魔女は死刑

イスラム教では呪術の類は完全に否定されていますが、いまだに中東各地で根強い民間信仰が残っています。このたびサウジアラビアで発覚した、同様の行為とそれに対する厳罰について。以下、新聞記事を引用。

* * *
『サウジアラビアの霊媒師とみられる女性が魔術を使ったとして宗教警察に逮捕され、死刑判決を受けたのは不当だとして、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ (本部ニューヨーク) は22日までに、死刑判決を撤回するよう求める書簡をアブドラ国王に送った。書簡は、司法制度の不備や人権弾圧を欧米などに批判されるサウジに対し、強引な捜査と恣意的な訴訟手続きの問題点を指摘した。

書簡によると、女性はクライヤトで2005年5月、勧善懲悪委員会 (宗教警察) に魔術を使ったとして逮捕され、殴るけるの暴行で自供を強制された。検察側の立証は「突然、性的不能にされた」とする被害者側の供述調書や "魔術道具" の存在だけ。女性本人や弁護人の出廷も制限された。

書簡によると、女性は霊媒行為をしていたとみられる。イラクなどアラブ諸国では、民衆の間に古来の霊媒信仰が残っている。イスラム教スンニ派の厳格なワッハーブ派が支配的なサウジでは、霊媒行為は「神に背く罪」とみなされる』(共同)
* * *

その道の専門家として商売していたのか、それとも古代のまじないなどに詳しい「村の物知りおばさん」レベルだったのかで話が変わってくるでしょうが、被害者側の主張にも根拠が乏しいし、あまりにも厳しい判決ですね。

デートも命がけ

2008年5月1日付けサウジアラビア現地英字紙 Arab News によれば、3日前、フィリピン人女性看護師と西洋人の男性同僚がレストランで一緒に食事をしたところ、勧善懲悪委員会 (宗教警察) によって、その場で身柄を拘束されたとのことです。罪状は、インモラリティー (不道徳行為)。男性の方は拘束されてから数時間で解放されましたが、彼女は現在も刑務所に拘禁されています。

フィリピン大使館が彼女の釈放要求を続けていますが、当局によれば彼女のスポンサー (勤務先=リヤドミリタリーホスピタル) からの嘆願がない限り、それは不可能とのことです。しかし、病院側もこれまでにそういった措置をとったことはないそうで、また、刑務所の中の彼女は外部への連絡を一切取れない状況にあると考えられるので、本件の早期解決は難しいかもしれません。何より、彼女は「罪を犯した」のであり、法で裁かれるのは仕方ありません。

サウジアラビアでは、公共の場で男女が同席することは法に反する行為です。レストランも男性用のシングルルームと、女性および家族向けのファミリールームに分かれています。もし関係性のない男女がレストラン (のファミリールーム) で一緒に食事をした場合、通常、4ヶ月の禁固と、むち打ち100回の処罰が下されます。

それがデートなのか、仕事のつき合いなのか、理由は問いません。男女とも同量の処罰とされていますが、どちらかというと女性に厳しいような印象があり、今回のケースでは、西洋人とアジア人の国籍の差も出ているように感じます。

釈放された西洋人男性によれば、彼らを拘束したメンバーは、身分証明も見せず、無理矢理彼の足を縛り上げ車に放り込んだそうです。弁護士への連絡も許されず、有無を言わさぬ連行だったそう。

その時、レストランでは他にも西洋人が食事をしていましたが、誰も彼を助けようとせず、目すら合わせてくれなかったことをとても嘆いていました。もしかして、みんなデートだった? そもそも、なぜ見つかったんでしょうね。店の外に監視がいたのか、店員が通報したのか。

このように、レストランで食事をしただけでもひどい刑罰ですから、これがどこか密室で二人きりで会っているところを見つかったとしたら、ほとんど死刑ですね、姦通罪で。恋愛もまさに命がけです。

これまでは欧米人とフィリピーナという組み合わせが多かったですが、これは欧米人が被害者 (いや、加害者か?) だとニュースになって世間に知れるからです。世に出ていない事件はきっと山のようにあるんでしょう。

巷の噂によれば、最近はサウジの若者もレストランの手前で落ち合って、一緒に店内 (ファミリールームの方) で食事デートをする人が出始めているのだとか。インターネットと携帯電話が解禁されて、男女の出会いのチャンスは確実に増えていますから、当然の成り行きかもしれません。

たぶん政府もそのことは承知していて、時々こうやってフィリピン人をスケープゴートにしているんじゃないかと、勘ぐったりしています。「男女席を同じゅうせず」という法律が悪法であるかどうかは別にして、とりあえず法律は法律ですから、サウジアラビアに住む以上、それは遵守しなければ、ということなんでしょうけど。

イスラムは女性に優しい?

アラビア半島の民族は、古来より女性をとても大切にしてきました。地域に残る古代詩に「月が男性で、太陽が女性なのだ」というものがあります。アラビア語は名詞に性別があり、太陽 (シャムス) は女性形、月 (カマル) は男性形であることから、象徴的な女性賛歌であると解釈されています。

しかしイスラムが広まって以降、女性は自由を剥奪され、その生活は極めて制限されていると言われています。確かに、湾岸産油国では女性の選挙権や社会進出はほとんどありませんし、このように思われても仕方ありません。

しかし、これは女性の権利を剥奪しているということではなく、むしろ女性を保護するという観点から導入された社会システムでした。

女性がベールを被ることについては、コーラン御光章第31節に「外にあらわれるものの他は、彼女らの美を目立たせてはならない。それからベールを胸の上に垂れなさい」と記されています。

そしてベールを取って良い男性は、自分の夫、父、夫の父、自分の息子、夫の息子、自分の兄弟、兄弟の息子、姉妹の息子、自分の右手に持つ者 (奴隷)、性欲を持たない供回りの男、幼児だとされています。

そうかと思うと、同章第60節には「結婚を望めない産児期の過ぎた女は、その装飾をこれ見よがしに示さない限り外衣を脱いでも罪ではない」と記されています。わざわざこのような啓示が下されたということは、当時それだけ風俗が乱れていたのかもしれません。若い女性が男性から襲われる事件が頻発したとか。

コーランが下された時代、女性には相続権などまったくありませんでした。そんな時代背景の中、コーランには女性に対して相応の遺産相続をさせるよう記されています。

婦人章第11、12節には「男児には女児の2人分と同額。もし女児2人以上の時は遺産の3分の2を受ける。もし女児1人の時は2分の1を受ける。またその両親はかれに遺児のある場合、それぞれ遺産の6分の1を受ける。もし遺児がなく両親がその相続者である場合、母親はその3分の1を受ける」というようにいろいろなケースが記されています。

さらに兄弟への分配や妻名義の遺産について述べ、そしてもっとも大切なのは必ず遺言を果たすことだと記されています。

このように、イスラム教は女性の地位向上という観点では当時の世界のどの地域よりも先進的な考え方をもっていました。問題は、それから1400年以上たった現代において、文字通りの解釈をあてはめることが正しいのかどうか、ということでしょう。

ガーディアン・システム

サウジアラビア政府が、女性のみのホテル宿泊を許可する決議を発表してから数ヶ月、ビジネスウーマンあるいは女性旅行者は、ほんのわずかながら拡大された自由を大いに活用しています。しかしながら、まだまだホテル側の偏見の目にさらされることも多いようです。

と、ここまで新聞記事を抜き書きしてみましたが、日本人にはなんのことやらさっぱりわからないでしょう。実は、サウジアラビアでは女性のみの旅行は極めて制限されており、これまではホテル宿泊も、夫、父、あるいは親類の責任ある男性がガーディアン (保護者、監視者) として同行しなければなりませんでした。ホテル予約についても、女性がホテルに電話しても受け付けてさえもらえないという徹底ぶりでした。

映像関連会社に勤務するナダ女史 (29才) は、現地英字紙 Arab News のインタビューに対し、「ビジネスのため自由に国内移動ができるようになったことは大歓迎です。しかし、ホテルでは男性を連れていない女性1人の宿泊客はまだ奇異な目で見られるのが現実です」と答えています。

また、ビューティーサロン経営のハディール女史 (33才) は、ホテルのフロントで「たとえ親類であっても、絶対に男性を部屋に入れないように」と侮蔑的に言われたことを大変な屈辱と感じたそうです。「私は結婚しているし、ルールには従います。なのに、なぜそういう風に疑われなければならないのでしょう」 彼女の不満はおさまりません。

リヤド・ホリデーインホテルによれば、宿泊客の部屋に外部の人間を入れないのはセキュリティー上の問題だそうです。これは男性客も女性客も同じであるとのことですが、実は先月、日本から短期出張してきた知人 (男性) が泊まっている部屋を何度か訪ねました。一度として止められたことはなかったです。

サウジアラビアには、1,165軒のホテルがあります。そのほとんどは女性自身のIDカードを示せば単独の宿泊が可能となりましたが、一部ではまだガーディアンのレターを要求するホテルもあるようです。

リヤド・シェラトンホテルは、今年2月から女性のみの宿泊客を受け入れるようになりましたが、女性がローカルの警察署に登録しない限り、女性による予約は受け付けないようにしているそうです。シェラトンの女性客は、20代後半から30代のビジネスウーマン、結婚式などの準備で泊まる必要がある人、そして外国人女性旅行者だそうです。

リヤド・ムトゥラクホテルでは、女性のみの宿泊には未だにガーディアンの許可レターを要求していますが、これは、誤解や混乱を避けるためのルーティンワークだとしています。

女性のみのホテル宿泊が解禁され、ジェッダ・メリディアンホテルでは宿泊人数が15%上昇したそうですが、これはホテルによって事情が異なります。ジェッダ・レッドシーホテルでは、女性の宿泊客は全体のわずか2%、もちろん期待以下とのことです。ホテル側は、この制度が国民に浸透するまでもう少し時間がかかると考えています。

しかし、本当に女性のみで宿泊できるのか、必要書類は何か (IDだけでよいか、ガーディアンのレターが必要かなど) という問い合わせの電話はひっきりなしにかかっているそうなので、数年後には大きく状況が変わっているかもしれません。

ちなみに、サウジアラビア人女性 (とくに結婚している人) が海外に出張や研修に出かける場合、彼女を送り出す組織・会社は、同行するガーディアンの旅費も出すケースが普通です。なんだか信じられないシステムですね。旦那はタダで物見遊山ですか。ちょっとうらやましいかも。

どっちもどっち?

フランスで医学を学ぶため大学留学が決まっていたサウジアラビア人女学生が、大学構内でのヒジャーブ (スカーフ) 着用を禁ずると言い渡されたため、留学を取りやめることを決心しました。

フランス大使館によれば、医学系の学校で女子生徒がヒジャーブをかぶることは、フランスの法律で禁止されているのだそうです。病院スタッフも同様にヒジャーブ禁止。もちろん、構内から外に出る時はかまいません。

これはイスラム教徒だけでなく、全ての宗教信者に対して適用されます。つまり、医療施設内部ではいかなる宗教色も排除するということ。他にも同様の法律を持つ国はあるそうです。

この女学生は留学のためにこれまで約20万円費やしていますが、お金は問題ではないとしています。「ヒジャーブは私の信仰の一部であり、決して無視することはできないもの。フランスへの留学生が大学構内でヒジャーブを着用する権利が、きちんと二国間で合意され保証されるべき」 とインタビューに答えました。

また別の留学生は、最初にフランスに語学留学した際にこういった問題を知り、大学で薬学を学ぶ現在はヒジャーブの代わりにバンダナを巻いて髪を隠しています。これも彼女に言わせれば「Bizarre (変てこ)」なんだとか。

現地のイマーム (イスラムの宗教指導者) は、ヒジャーブを取ることもやむを得ないという勧告を出しましたが、それに反発して留学を中断してサウジアラビアに戻った女性もいるそうです。

フランス留学中の女子学生がサウジアラビア大使館に集団で抗議した際は、逆に大使館スタッフからフランスの法律を遵守するよう諭されたそうです。

マッカ (メッカ) の勧善懲悪委員会はこの問題を受けて、「これは西洋社会が同性愛も含めて "自由" を押しつけていることに他ならない。ヒジャーブを禁ずることは彼ら自身の主張に矛盾している」とコメントしました。(ヒジャーブを着用する自由はないのかということでしょうか)

サウジアラビアはガチガチの宗教国家で、法律から生活の規範まで、すべてがイスラム教を拠り所にしています。そういう環境で育った国民は、当然自らの信仰を貫くことに全身全霊を捧げることになります。

一方のフランスという国は、個人に信教の自由がある反面、国家としての非宗教性についても憲法に明記されています。つまり、フランス国家はいかなる宗教からも独立していなければならない、ということです。このことから、公共の病院や公教育の場では宗教性が厳格に排除されます。

とはいっても、実際には目立たない程度ならいいらしいです。例えば公立学校では十字架のペンダントをしているスタッフもいるそうです。十字架が良くてヒジャーブがダメと言うんだったら、それはイスラム教徒は怒るでしょう。

しかも髪 (および身体の魅力的な部分) を隠すことはコーランに書かれている絶対的な神の言葉なわけで、個人の自由や他国の法律云々とは次元が違って、世界のどの国にいようと守らなければならないわけです。

個人的には、女性がスカーフをかぶっているのを見て「うわっ!イスラム教徒だ」なんて思うことはまったくありませんし、そこにそれほど強固な宗教性を感じることもありません (見慣れているだけかも)。

ただ、雪景色のスイス、グリンデルワルドで全身真っ黒のアバーヤを着た女性を見た時は、「ここまで来てそれかよ」と少々ゲンナリした覚えがあります。顔や指先まですべて隠しているとさすがに。。

いずれにしても、フランスもたかがヒジャーブでごちゃごちゃ言わなくてもいいのに、というのが率直な感想です。どうせ髪はキャップで隠すわけですから、多少覆う面積が広くなるだけだし。

サウジアラビアが在留外国人女性 (非イスラム教徒) にもアバーヤの着用を強制しているのと、実は同じことなのかもしれません。「脱げ」と「着ろ」の違いだけであって。まあ、どっちもどっちなのかな。。

大学進学か結婚か

サウジアラビアでは今週から来週にかけて、全国一斉に学年末試験が行われています。試験はどの学生にとっても頭の痛い問題ですが、特に高校3年生の女子生徒にとっては、一生を左右する重要な意味を持っており、深刻な重圧になっています。

もし卒業試験にパスできなかったら、あるいは卒業できても成績が悪ければ、ほとんどの女子は親から結婚するよう求められます。つまり、卒業試験の成績次第で大学進学か結婚かが決まってしまう、まさに人生の一大事なのです。縁談の相手は親が決めてきますから、そこで 「終わった」と感じる気持ちはわかるような気がします。

サウジアラビアの女子の大学進学率は、以前にくらべ急激に上昇しているそうです。大学でまだまだ青春を謳歌したいというのが本音なのかもしれません。もちろん、キャンパスでも町でも男女は隔離されていますから、物理的にも文化的にもボーイフレンドを作るなんてことはありえないのですが。

大学で純粋に学問に没頭したいという女子がどれくらいいるかわかりませんが、女性の就職先が極めて限定されており、女性の実業家もまだ物珍しいこの国では、高等教育を活かすチャンスはほとんど皆無というのが現実です。サウジアラビア人女性は働く必要はないのですが、言い換えれば働く自由を奪われているということにもなります。

社会に貢献したい、あるいは自分の能力を世間で試してみたいと考える女性は決して少なくないはずです。女性の社会進出が高まれば、今以上に国力も上がっていくことは間違いありません。何しろ今は労働人口のほぼ半分を使っていないわけですから。

ただ一方で、サウジアラビアの女性はわがままで使いものにならないという声が根強くあったりもします。多分に偏見も含まれているとは思いますが、この辺はやってみないとわかりませんね。

サウジアラビア人女性の本音

サウジアラビア現地英字紙に、今時の女性のインタビュー記事が載っていました。普段、サウジアラビア人女性の生の声を聞く機会は皆無ですから、短い記事ながらとても興味深く読みました。

女性1: Masha (バハレンとのハーフ、若い、金髪)
女性2: Hala (大学の英語の教師、三児の母)

①サウジアラビアはパーフェクトな国ですか
M:この国で何をすればいいの? 食べて寝るだけ? 動物みたいに?

H:その質問は意味がない。ここは自分の国なんだし。アメリカ人やイギリス人にもその質問をする? この世界にパーフェクトな国なんか存在する?

②サウジアラビアの教育についてどう思いますか
M:たくさんの女性が働いていることは知っている。大学に行って、医者になったり教師になったり。でも自分はそういうことができなかった。とても早く結婚したから。多くの女性が早く結婚しすぎている。だから教育も受けられないし、いろいろ人生に制約がある。

H:私は結婚した後も大学に通い続けて、卒業することができた。今は3人の子供を抱えながらフルタイムで働いている。

③結婚についてどう思いますか
M:女の子はみんなお金のためにさっさと結婚させられている。昔の話なんかじゃなくて現実に今もそうやって家族はできるだけ早く結婚させたがっている。ベドウィンや生粋のサウジ人は特にそう。

H:サウジアラビアにもいろんな部族があって、結婚年齢も含めて文化や伝統は様々。マハル (男性が払う結納金品) だって出身部族によって全然違う。私は22才で結婚したけれど、私の父は夫が払ったマハルよりも高額のお金をだしてくれて、それで結婚披露宴や新婚旅行をした。

④ショッピングは好きですか
M:ショッピングが嫌いな女性なんていないでしょ。でも自分はここでは買い物はしない。ショッピングモールに行くと男たちが電話番号を書いた紙切れをカートに投げ込んできたり、携帯電話に無線でメッセージを送りつけてきたり本当に鬱陶しいから。だから買い物は全部ドバイに行った時に済ます。ドバイはいい。オープンだし、みんな人生を楽しんでいる。それからバハレンにもしょっちゅう行く。バハレンなら自分で運転できるし、クラブに行ってライブ演奏を聴くなんて最高。映画館もあるし、バハレンでは本当に楽しい時間を過ごしている。

H:ショッピングモールで女性が携帯電話のブルートゥースをオンにしていて、ちょっと目をひくニックネームをつけていたら、確かに男から安っぽいメッセージが山ほど入ってくるでしょうね。でも私にはそういうことはない。

⑤夏の休暇の過ごし方は?
M:これまでエジプト、ドバイ、モロッコ、ヨルダンなんかに行ったけど、今年の夏はたぶんヨーロッパかマレーシアかな。サウジアラビア国内? それはない (笑)

H:予算次第だけど、ガルフ諸国かマレーシアがビザもいらないしチケットも高くないからいい。サウジアラビア国内の旅行は、この先もたぶんないと思う。観光産業が発達していないし、移動にいちいち制約が多すぎる。

⑥どんな料理が好きですか
M&H:タイ料理、イタリアン、メキシカン、スシ (Sushi)、それにやっぱりサウジ料理。それからインドカレーも!

ミスヤール婚 (通い婚)

ミスヤールはアラビア半島の方言で通うとか訪問を表す単語です。ミスヤール婚は妻が夫と同居しない結婚形態で、他にも結納金品を求めないなど、通常の婚姻にある妻の権利はほとんどありません。数年前、マッカのイスラム法学会がミスヤール婚を合法であるとするファトワ (宗教界の公式見解) を出したのは、近年サウジアラビアで、新居の購入や高額な結納金品・婚礼資金を用意することができない男性が増えていること、それにともない独身女性が150万人に達している状況を憂慮した結果だと言われています。(クウェートやアラブ首長国連邦も似たような状況)

ところが、ミスヤール婚で結ばれたカップルは夫にとって二人目の妻であったり、80%が早期に離婚を迎えているという統計があり、男性に一時の享楽を与えているに過ぎないという批判が絶えません。夫は昼夜を問わず好きな時間に妻の元に通い、その時だけ夫婦として振る舞うわけですから、その妻は 「都合の良い女」 として世間から偏見の目で見られることを覚悟しなければなりません。しかし、ミスヤール婚には一定の条件があり、これらを満たせばイスラム法的には完全に合法です。

1. 男性と女性の合意
2. 女性のガーディアンの同意
3. 二人の証人
4. 結婚介添人 (公職) による婚礼儀式

ミスヤール婚では妻の権利が著しく低いため、結婚とはいえ通常の安定した結婚生活は期待できません。離婚も多いとなれば、女性にとってどの程度メリットがあるかははなはだ疑問です。唯一、合法的に子をもうけることができるというだけでしょうか。あるいは、アラブ女性は結婚適齢期を逸するとたちまち結婚の機会が激減するため、そういった年輩の女性 (といってもせいぜい30代後半か40代でしょうけど) にも結婚生活を経験するチャンスが増えるということなんでしょうか。

シーア派にもムトゥア婚というまさに 「一夜限りの契り」 を合法化する都合の良い婚姻法がありますが (歴史的にはそれが必要だった時期もあるんでしょうけど)、今、スンニー派にとってはミスヤール婚がそれと同列になってしまう危険性を秘めています。旅先のアバンチュールを気兼ねなく謳歌できる抜け道ができたわけですから (実際そうなのかはわかりませんし、該当するにしてもごくごく一部だと信じていますけど)。また、斡旋業者が出始めているという噂もあります。

サウジアラビアのイスラム法学者も、ミスヤール婚は違法ではないけれど望ましい形ではないと論じる者が多く、中にはコーランの次の一節を引用し、ミスヤール婚はイスラムの精神からは明らかに違法であると断じる者もいます。

ビザンチン章 21
また彼があなたがた自身から、
あなたがたのために配偶を創られたのは、
彼の印のひとつである。
あなたがたは彼女らによって安らぎを得るよう、
あなたがたの間に愛と情けの念を植え付けられる。
本当にその中には、
考え深い者への印がある。

つまり、愛情のない結婚生活はありえないわけです。いいこと言ってんですけどね、コーランは。それにくらべて人間てのはホントに…。

したたかなサウジ女性

イスラムにおけるミスヤール婚 (通い婚) の最大の意義は、婚期を逃してしまった女性たちに結婚生活の喜びを与えるチャンスを増やすことにあります (上からの物言いにも聞こえますが・・)。

一夫多妻が認められているサウジアラビアですが、伝統的なスタイルの結婚を行う場合、高額な結納金品を男性から女性に贈らなければならず、庶民にとっては妻ひとり娶るのもなかなか大変なのが実情です。

また、子どもはできるだけたくさんほしいと望む社会的風潮がありますから、妻は若ければ若いほどいいというのが男性側の本音です。なので、女性が一度婚期を逃してしまうと、年を追うごとにもらい手を見つけることが難しくなっていきます。

ミスヤール婚は結納金もかなり控えめで、妻には夫と同居する権利もなく夫は好きな時に妻の家に通えばよいのですから、男性側の負担はかなり軽く、確かに結婚の敷居は低いと言えます。ただ、ミスヤール婚による第一夫人という例はあまりなく、ほとんどは第二夫人かそれ以下になります。

伝統的な結婚の場合、二人目の妻を娶る場合は第一夫人の許可が必要で、かつ第一夫人並みの待遇を保証しなければなりませんが、ミスヤール婚については、夫が第一夫人に内緒で結婚することもしばしばだそうです。

そもそも自由恋愛のないサウジアラビアですが、とくにミスヤール婚は夫婦間に愛情が育つ要因が希薄で、結果、ミスヤール婚の離婚率はとても高いと言われています。

サウジ女性に新たな権利を与えているような、むしろ女性蔑視を推し進めているような、なんとも微妙なミスヤール婚ですが、最近では逆にこの制度を有効活用しているしたたかな女性も出てきているそうです。

スィハーム (ニックネーム/アラビア語で「矢」の意味) もそんな女性のひとりで、これまでに1度の伝統的結婚 (その後夫の暴力が原因で離婚)、5度のミスヤール婚をしてきました。スィハームに言わせれば、ある程度裕福で、恐妻家の男性が彼女のターゲット (カモ) です。

ミスヤール婚を希望している男性の情報が入ると、まずその点をよく調べ、結納金については3万リヤル (90万円) 要求するそうです。決して少なくない金額ですが、伝統的結婚に比べればずいぶん少額です。

これまでミスヤール婚で結婚した彼女の夫たちは、誰も彼女との同居を望みませんでした。彼女は結婚に先立ち、結納金以外には生活費など一切不要という約束を交わしましたが、週に1、2回通ってくる夫に対して、彼女はたびたび5000~7000リヤル (15~21万円) のお金を要求しました。

お金を払わない時は家に上げなかったそうです。ミスヤール婚では、女性は男性に対して何ひとつ有利なことはないと考えられていますが、スィハームはそんな男女の立場を逆転してみせました。

夫の不満がつのり、そのミスヤール婚がそろそろ潮時だと判断すると、今度は第一夫人に訴えるとほのめかし、有利な条件で離婚することができたそうです。

そうして、離婚後4ヶ月と10日の再婚禁止期間をおいて、次なるターゲットへとアプローチを繰り返してきました。男性にもどこか後ろめたい部分があったのでしょう。これまでミスヤール婚を正式に役所に届けようと言う夫はいなかったそうです。

つまり、公式には彼女の結婚経験は1度だけであり、もちろん、新たな結婚相手にも過去のミスヤール婚のことは一切話しません。だからこそこの「ビジネス」が続けられるわけです。

もし誰かひとりでも、ミスヤール婚ではあっても彼女に優しく愛情をもって接していれば、彼女もこんな生活を続けることはなかったかもしれません。

スィハームがなぜこのようなビジネスを始めたのか。それは、彼女と同じ境遇の女性 (夫の暴力に耐えかね離婚した女性) に出会い、ミスヤール婚を重ねて生きていくノウハウを教わったからです。

サウジアラビア国内には、彼女のような女性がまだまだいるそうです。普通とは言い難い人生ですが、誰も彼女たちを責めることはできないでしょう。いつか彼女たちにも、平穏で安定した生活が訪れることを願ってやみません。

アラブと詩歌

近頃サウジアラビアで行われている詩歌コンテストが、グランドムフティ (イスラム最高指導者) アブドゥルアジズ師の怒りをかっています。師は、金曜礼拝の席で次のように語っています。

「これらのコンテストはジャーヒリーヤ時代 (イスラム勃興以前の無明時代) の所業と同じである。人々の心の奥底に隠れた憎悪を感じる。これは子どもたちの心に、大人に対する不信感を植え付けるだろうし、あるいは部族間の不和を引き起こしかねない。つまり、こんなコンテストはやらない方がいいのだ。衛星放送で流すなど言語道断である」

アラビア半島の国々ではこの3年間で衛星放送局が乱立していますが (メジャーなもので15局)、こういった詩歌コンテストはそんな放送局が主催しています。応募されるほとんどの詩は、各部族のプライドや栄光を自慢げに謳ったもの。優勝賞金は少ない大会でも100万リヤル (2400万円) だそうです。

その昔、アラビア半島の部族同士の戦いは、部族代表の詩人が対峙して相手をこき下ろす、あるいは自分の部族の素晴らしさを歌いあげる、その詩の内容によって勝敗が結したと言います。真剣勝負とは言っても、今から考えれば素晴らしく牧歌的ですね。

そして、極めて洗練された文化だったと思います。血を流すことを避け、相手が「まいった」と言えば最後はエールを送り互いに讃え合う。アラブにとって詩歌は文化であり芸術であり、武器でもあったわけです。

イスラム指導者はジャーヒリーヤ時代がお嫌いらしいですが、そういう文化の継承 (復活) という意味ではこの詩歌コンテストも決して悪いことではないと思います。ただ、アラビア半島の人たちは今でも国家より部族 (ファミリー) への帰属意識が強いと言われますから、部族間の融和と完全な国家統合を図りたいお上とは、やはり相容れないんでしょうか。

恋愛詩を解禁すればまた別の展開で盛り上がると思いますけど、さすがにそれは無理でしょうね。アラブの詩は露骨だし。千夜一夜物語なんてその際たるもの。

結婚してはいけない間柄

イスラム法では、乳母との結婚 (男性)、乳母の夫との結婚 (女性)、実子との結婚を禁止しています。また、同じ乳母で育った者は乳兄弟であり、そんな兄妹、姉弟は生物学上の血縁関係がなくても結婚は禁止されています (マフラムと言う)。

中東ではいとこ同士など近しい関係で結婚することが多いのですが、乳母が誰であったかを公式に記録する習慣がないため、結婚間近になってあらためて事実が発覚し、結婚を取りやめざるをえなくなったカップルもたくさんいます。

もちろん、結婚前にこのことがわかればまだいいのですが、結婚して何年もたった後、特に子どもができた後にわかると、これは悲劇としか言いようがありません。マディーナのある女性教員は結婚して7年目に、夫の母親 (彼女の叔母) に一時期乳をもらっていたことがわかったため、離婚せざるをえませんでした。

ウム・アブドルは、すでに結婚して30年、9人の子の母親でした。ある日、年輩の男性が夫のもとを訪ね、二人が同じ乳を飲んで育ったことを告げました。このことは他にも知る人がおり、確かな事実であるとのことでした。ウム・アブドルは夫とともに悩み抜いた末、これを子どもたちに隠し、結婚を続けることを決めました。

ウム・フセインは年輩の女性です。彼女はこの30年間に何人もの子に乳を与えてきており、誰が誰だったか今となっては正確には思い出せないそうです。なにしろ自分の子どもが9人、他にも15人の面倒を見てきました。親戚だけでなく、近所の子どももいたのでしょう。

エジプト人のシハームは長年サウジアラビアの病院で働いていますが、サウジ人の友人の子どもたちにも乳を与えてきました。イスラム法でいえば、まったく血縁関係のないサウジ人とエジプト人が、同じ乳母を持つ兄妹、姉弟として結婚ができないわけです。

他にも結婚した後に事実が発覚し、離婚を余儀なくされた上、さらに周囲からの冷たい視線に耐える日々を送っている人も数多くいるそうです (どこか淫靡なニュアンスなんでしょうか?)。生物学的にはいとこ婚よりずっと健全な結婚だと思いますが、これも神様が決めたことですから仕方ありませんね。

自由恋愛はありません

子供の頃から男女別々の生活スタイルを持つアラビア湾岸諸国では、もちろん自由恋愛などあり得ません。少なくとも私が彼の地にいた10年ほど前までは、結婚についてはやはり昔ながらのスタイル、つまり親同士の話し合いで決められていました。預言者ムハンマドの第7夫人ザイナブが彼の従妹だったため、いとこ婚がもっとも良いと言われるようになりましたが、今もほとんどは親戚のなかで花嫁、花婿選びが行われます。比較的近い親戚が良いとなれば、数も限られてくるので自然と「あの子とあの子がちょうど良い (←変な言い方ですけどこれがけっこう的を射た表現だと思われます)」といって、子供のうちからなんとなく将来のカップルが決められるようです。

サウジには長く住んでいたので、その間に職場の男性スタッフが3人結婚しました。結婚式の招待状をもらうと、その度に「彼女って美人?」とたずねたのですが、みんな口をそろえて「見たことない」とつれない返事でした。しかし結婚式当日まで花嫁の顔を知らない花婿の気持ちって果たしてどんなんでしょう。聞けば女性側はそれなりに男性の顔を見る機会を作られるらしくて、例えば男性をどこか公園にでも呼び出し、遠くから品定めするのだそうです。もちろん女性は顔をベールで隠しているので、男性側からは見えません (黒いベールの内側からは外の世界が思いの外よく見えます)。そこで、女性がその男性との結婚を拒否することも「あり」だそうです。女性にやさしく男性に厳しいシステム?。一度、「もし花嫁の顔がまったくタイプでなかったらどうする?」と意地悪な質問をしたことがありますが、「これまで若い女性を家族以外に見たことないんだから、もうどんな人でも幸せです」と力強く答えてくれました。ま、本音でしょう。

イスラム圏では、結婚するとき男性から女性にマハル (婚資金) が渡されます。現金、貴金属、家財道具、車など内容は様々ですが、カタールのように自国人の数が極めて少なく、さらに国民所得も高い国では、かなり高額なマハルが必要とされていました。「こんな少ない額じゃ嫁には出せねぇ!!」と花嫁の父が怒るのかどうかはともかく、聞いた話では30~40万リヤル (1000万円前後) のマハルがないと、相応の結婚ができないとのことでした。中には、マハルが安いということでエジプト人やパレスチナ人女性と結婚する人もいますが、これはカタール人的には「甲斐性なし」だそうです。つらいなぁ。