(サウジアラビア時代に書いたものの編集再録)
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日本に一時帰国するときはいつも「あれを食べたい、あれも食べなきゃ」と、飛行機の中からすでに頭の中が食べ物のことでいっぱいになってしまいます。
海岸線を持たないエチオピアにいたときは、これはもうシーフードでした。現地でフレッシュな魚といえばテラピアかナイルパーチ。川魚だけあってほとんどは身が泥臭くて、たぶんそれをわかっているのかどのレストランも調理はたいがい火を通しすぎで、あまり積極的に食べようと思う代物ではありませんでした(湖畔の町アルバミンチはおいしかったです)。
輸入の冷凍イカやエビは値段が高いわりに保存状態が最悪で、とても買う気にはなれませんでしたから、エチオピアから日本に戻ってくると「とりあえずお寿司」というパターンがほとんどでした。
中東、特にサウジアラビアは、豚肉とお酒が厳禁です。しかも本体だけでなく、ポークエキスやラード、アルコール醸造過程を経たものなどひっくるめて禁止ですから、ラーメンやしょう油も日本製のものは輸入禁止 (空港税関で見つかったら即没収)。
インスタントラーメンとキッコーマンのしょう油はどのスーパーでも売っていますが、どれも東南アジア製で、イスラム教徒にとって禁止された成分は入っていないという意味の「ハラール」マークが付けられています。慣れればそんなにまずいとは思いませんが、日本製とくらべると、やはりどこか味気なさが。
なので、サウジアラビアから帰国すると「ラーメン+豚餃子→カツ丼→寿司→焼き肉→うなぎ→カレーライス」といったヘビーなローテーションを組まざるを得ません (お酒が好きな人はここに相当な酒量が加わります)。さらに、朝食メニューとして「納豆、焼き海苔、焼き魚、塩辛、明太子」なども加わります。
12月のハッジ (巡礼) 休暇に帰国したときは、やはり一通りサウジ御禁制の日本食を楽しんだ後、近場の旅行に出かけました。部屋にお風呂がついている温泉旅館は初めてでしたが、値段も高いだけあって、食事もこれまた豪勢そのものでした。
とにかく種類が多い。配膳された料理を「見渡す」経験は普段そうそうできるものではありません。最初のうちこそ「金目鯛はおいしいなぁ」などといちいち味わって食べていましたが、その日は昼間にも地元の名物料理「漁師のぶっかけ飯」などを食べていたこともあって、次第にお腹が苦しくなってきました。
■お昼しっかり食べてからの
■この豪華ディナー
最後の方の伊豆牛の鍋など、もうほとんど青息吐息で、「もったいないから食べなきゃ」という義務感ばかりが先に立ち、ちゃんと味わって食べていたとは言えません。普段、それを単品で食べたらもっと繊細に味わうことが出来たでしょうに、この時は「まだあるの!?」などと罰当たりなことを考えつつ、無理矢理箸を進めていました。
■翌日の朝食
翌朝、ぜんぜんお腹は減っていませんでしたが、出された朝食をなんとかお腹に詰めこんでから温泉旅館を後にして、この日はまた少し移動、お昼にアジの干物定食をいただき、違う施設に泊まりました。そして再び眼前に広がる豪勢な料理・・。見ただけでお腹がいっぱいになりそうでしたが、しかし、ここの料理はちょっと違いました。
■お昼はまたもしっかり
■そして再び豪華ディナー
柿の実の和え物で目を開かされ、タコの小倉あん煮に衝撃を受け、栗の実をいただいたときには「これは半端じゃなくすごい!」と思わず姿勢を正してしまいました。
それまではお腹が食べ物を拒絶している感もありましたが、俄然食欲が湧いてきました。正確には、食欲と言うよりも興味です。「どんな料理を作ってくれたんだろう」というワクワク感によって、次々に料理に箸を伸ばしていくことができました。
しかしまたも伊豆牛が出されたところで、「牛かー・・」と思い、ちょっと箸が止まりかけました。間違いなくおいしいんですが、正直、一切れで良かったかも。
■伊豆牛
続いてニシンとカブの煮物、松茸の土瓶蒸し、ご飯、デザートなどが続けざまに運ばれてきましたが、もう完全にノックアウト。とても美味しかったのですが、どうしても全部は食べきれませんでした。
でも初めて見る黒米のデザートは食べきりました。最初から最後まで意外な料理 (こちらの想像を覆すおいしさ、目新しさ) の連続で、本当に大満足でした。
翌日の朝食も、お腹は全然減っていませんでしたが、結局全部おいしくいただきました。後でわかったことですが、ここのシェフは大喪の礼と皇太子ご成婚の儀に調理師として参加した方でした。
素人の舌であっても、何かが違うと思える凄味が料理に現れていました。もし1日目と2日目の夕飯が反対だったとしら、2日目はあまり食べられなかったかもしれません。
■最後の朝食もたっぷり
世に美食と言われるものは数あれど、やはりたまに食べるから良いのであって、しかも空腹であればあるほどおいしさは倍増しますから、美食に対峙する場合はこちら側もそれなりの準備、心構えをしていかなければ台無しです。
あるいは、美食というのはおいしさそのものというよりも、意外性が大きな比重を占めているのかもしれません。そもそも万人をうならせる絶対的なおいしさというものは存在しないでしょうし、そうなると「今まで食べたことのない味」というのは重要なポイントになりそうです。グルメを極めるとゲテモノ食いに行き着くというのも、なんとなくわかる気が。
リヤドに戻ってきて少し時間がたちましたが、なんであの時もう一杯豚骨ラーメンを食べなかったのか、と悔やんでいる自分がいたりします。あの時は「う~気持ち悪い、もう食べれない・・」と思っていたんですけどね。というか、美食云々と書いたわりには、安い食べ物しか食べたことのない自分に気がつきました・・。